昨日1月9日は
福島いわきリスタTNR一斉でした。
今回は
ニホンザル等のお世話の関係で
みなしごバスは動かさず
TNR当日の朝
私の軽自動車で栃木拠点を出発しました。
那須ICから乗って
東北道を走っていたら
白河・矢吹あたりは
積雪で真っ白!
同じ氷点下でも
雪が降り積もる氷点下と
栃木拠点のように
乾燥しまくって
雪が降らない氷点下とでは
どっちがええんじゃろ〜か
・・・きっと
顔が痛うないけぇ
雪が降る氷点下の方がええよね・・・
いや待てよ・・・
雪が降り積もると道路も凍るし
なら栃木拠点のように
道路が凍らん
乾燥した氷点下の方がええのか
う〜〜〜ん・・・
雪が積もって
真っ白になった町を見ながら
私は考えても
しょ〜もないことを考え
ど〜でもええ答えを
探していました(笑)
↑ ↑
ヒマ人だね(笑)

あぶくま高原道路に入って
そ〜言えば・・・
2011年〜2012年にかけての冬
こんなに雪が降ったの?
私たちはこんな雪の中
福島原発20km圏内に通って
保護活動をしたの?
いや〜〜〜
雪道を走った記憶もないし
雪で困った経験もない!
なんで??
なんで私の頭の中から
雪の記憶だけが
消えたんじゃろ〜か・・・

私が最初にベースにしていた
玉川村を通ったときに
その答えが出ました!
そ〜じゃ!
福島原発20km圏内は
太平洋沿いじゃから
雪は
ほぼほぼ降らんかったんじゃ!
そ〜!そ〜!
20km圏内から外れて
浪江町でも赤宇木とか
葛尾村や飯舘村や山木屋へ行くと
大雪じゃったわ!!
パッと考えたら
冬の海や冬の川は寒そうじゃけど
実は
海辺や川辺の方が
内陸と比べると暖かいから
福島原発20km圏内も
太平洋沿いだったし
福島とは言え
温暖な町じゃったんじゃ!!
そんなこんなを思い出していたら
あっという間にいわき市
やはり
いわき市に着くと
1粒も雪もなく冬の陽気でした!
。。。。。。。。。。。。。。。
先月の
福島いわきリスタTNR一斉で
膀胱の中は尿石ストラバイトが
ジャリジャリあって
ひどい血尿の子がいて・・・
その子の餌やりが
超・無責任ヤロ〜で
話にもクソにもならんので
私が引き取って
栃木拠点へ連れて帰って
尿路ストラバイトを治した
・・・のだけど
※ロイカナフードを食べさせただけ(笑)
今回も
その子と同じ現場から来た1匹が
好酸球肉芽腫で・・・

左前足は
すでに肉球が破れ
血がにじんでいました。
この状態で
外に放すことはできんし
好酸球肉芽腫は
薬を飲めば治る病気なのに
餌やりは
クソヤロ〜じゃし
さぁ!
中谷さんど〜する?
え〜い!クソッ!
乗りかかった船じゃ!

・・・とゆ〜ことで
栃木拠点へ連れて帰りました(笑)
今日の時点では
去勢手術をしたばかりだから
来週あたりから
投薬治療を始める感じです。
前回連れて帰った
ひどい血尿の子が
あまりにシャ〜シャ〜で
だいぶ困ったから
今回の子も
シャ〜シャ〜だろうと予想して
名前を
オルカ(Orcaシャチ)にしました。
私は
《名前負け》を信じているから
強い系の名前を付けると
穏やかな子になる!
・・・で・・・オルカ
日本呼びのシャチだと
黒白イメージだから
ちょっとだけヒネって
オルカ
ええ名前じゃん!
。。。。。。。。。。。。。。。
外猫だった黒ちゃん
。。。。。。。。。。。。。。。
何年も前の話ですが・・・
最初に
栃木拠点の敷地内に
白黒ちゃんが現れたとき
白黒ちゃんは
馴れそ〜な子だと思ったけど
そのあとで
栃木拠点の敷地内に現れた
黒ちゃんは
顔も体つきも
100% THE 野良!
ごはんを食べに通ってくれたら
・・・と願って
T・捕まえて
N・去勢手術をして
R・元の場所に戻したわけです。
それから月日が流れ
白黒ちゃんと黒ちゃんは
完全な外猫となり
いつも
うちの敷地内のどこかに居ました。
ある日
黒ちゃんが
クチを痛そうにしてたので
捕まえて全抜歯をして
再び放しました。
外で自由にさせたいが
暑い夏が来ると気になり
寒い冬が来ると気になり
外で自由にさせたいのは
ヤマヤマじゃけど
暑くても寒くてもかわいそ〜
そ〜思い思い
ど〜することがベストか
わからんままダラダラしていたら
白黒ちゃんが
まさかの腎不全になり
それを機に
2匹とも御用!となり2ヶ月・・・

まさか
黒ちゃんが室内で
私のヒザに乗ってくるなんてね

最初に見たとき
よもやこんな日が来るとは

自撮り写真を撮って気づいた!
黒ちゃんの
耳先カットしてない方の耳は
ケンカ傷でガタガタ
ちぎれまくりじゃん(笑)
そ〜よ!
黒ちゃんは
顔も体つきも
100% THE 野良じゃった!

まぁまぁ黒ちゃん
寝んさいや〜♪

私は
黒ちゃんを
寝かしつけています!

なかなかの
寝心地なハズよ♪

私は
黒ちゃんを
寝かしつけています!

まさか!
私は
考えごとをしているだけです!

・・・だとさ!
by 黒ちゃん
。。。。。。。。。。。。。。。
心が痛むとき
。。。。。。。。。。。。。。。
イノシシ・カンジは
乳飲み子のウリ坊時代に
千葉県内を襲った豪雨に遭い
山から流されて
全身傷もぐれで
用水路に
引っ掛かっているところを
善男に発見され
善男宅に
連れて帰ってもらったけど
負傷ウリ坊を
診てくれる病院もなく
それなら!と
うみさんがお迎えに行って
栃木拠点にやって来ました。
《助けられない》とか
《無理だ》とゆ〜言葉を持っていない
自信家の私は
ウリ坊も子猫も同じ哺乳類!
・・・で
できるお世話を始めました。
月日は流れ
ありがたいことに
カンジは
今日も今日とて
元気に暮らしていますが

カンジの顔の傷は
あのときのままで・・・

目のところと
鼻先の傷を見るたびに
ちゃんと
治してあげられなかったことを
申し訳なく思います。
それは
ニホンジカのUPAも同じで
UPAはお母さんのお腹から
生まれ落ちた場所が悪く
羊膜に包まれたまま
山肌を滑り落ち
7〜8mある擁壁の下の
側溝にハマったのが
5月14日の朝7時
その後
近隣住民たちが
動物園から動愛センターから
いろんな行政機関に相談しても
どこも
ニホンジカを助けてくれず
グルグル回って
私に相談電話が来たのは
夕方5時過ぎ・・・
発見から10時間が経ち
生まれたばかりのUPAは
低体温でボンヤリ状態
それから
いろんなことがあり
ありがたいことに
UPAは
今日も今日とて
元気に暮らしておりますが

UPAの顔の傷は
あのときのままで・・・

目の下の傷を見るたびに
ちゃんと
治してあげられなかったことを
申し訳なく思います。
。。。。。。。。。。。。。。。
日々の活動を行う中で
後悔はしないのか
・・・と言えば
もちろん
自分のチカラ不足も多々あり
後悔することばかりですが
私は
自称・動物愛護家として
究極の愛護は《看取り》
・・・だと思っていて
そこは昔から
まったく変わりがありません。
命あるものは
差別も区別もなく
あなたも私も
みな死に逝くわけですから
そのときに
どれだけ《命を惜しむか》
ここが勝負だ!
・・・と私は思っていますよ♪
。。。。。。。。。。。。。。。
犬猫みなしご救援隊では
亡くなると
末期の香水を飲ませ
遺体を安置し
私たちの手で火葬し
遺骨は納骨所に納め
毎月28日
お不動さまのご縁日に
健空阿闍梨によって
供養経をあげ続けています。
。。。。。。。。。。。。。。。
・・・で
余談ではありますが
その先を申すと
私が自分のやるべきことを
やり遂げたときが
私の今生の人生を終えるときで
そのときは
先立った子たちが全員揃って
私を迎えに来てくれる
・・・とまぁ
こ〜ゆ〜手筈になってるんですよね♪
それこそ
50代の始めのころは
やりたいこととばかりあって
悟りの境地にはほど遠く
死にたくない!とゆ〜か
《生きたい欲》
・・・のカタマリだったけど
年々
その欲が軽くなっていって
自称・なんちゃって仏徒の私は
《その先の世》の存在を
強く信じていて
今では
《その先の楽しみ》の方が大きく
《その先の世》で再び
みんなと幸せに暮らす予定だから
死ぬことも《また》
今生の私の
楽しみのひとつでもあるんですよね♪
福島いわきリスタTNR一斉でした。
今回は
ニホンザル等のお世話の関係で
みなしごバスは動かさず
TNR当日の朝
私の軽自動車で栃木拠点を出発しました。
那須ICから乗って
東北道を走っていたら
白河・矢吹あたりは
積雪で真っ白!
同じ氷点下でも
雪が降り積もる氷点下と
栃木拠点のように
乾燥しまくって
雪が降らない氷点下とでは
どっちがええんじゃろ〜か
・・・きっと
顔が痛うないけぇ
雪が降る氷点下の方がええよね・・・
いや待てよ・・・
雪が降り積もると道路も凍るし
なら栃木拠点のように
道路が凍らん
乾燥した氷点下の方がええのか
う〜〜〜ん・・・
雪が積もって
真っ白になった町を見ながら
私は考えても
しょ〜もないことを考え
ど〜でもええ答えを
探していました(笑)
↑ ↑
ヒマ人だね(笑)

あぶくま高原道路に入って
そ〜言えば・・・
2011年〜2012年にかけての冬
こんなに雪が降ったの?
私たちはこんな雪の中
福島原発20km圏内に通って
保護活動をしたの?
いや〜〜〜
雪道を走った記憶もないし
雪で困った経験もない!
なんで??
なんで私の頭の中から
雪の記憶だけが
消えたんじゃろ〜か・・・

私が最初にベースにしていた
玉川村を通ったときに
その答えが出ました!
そ〜じゃ!
福島原発20km圏内は
太平洋沿いじゃから
雪は
ほぼほぼ降らんかったんじゃ!
そ〜!そ〜!
20km圏内から外れて
浪江町でも赤宇木とか
葛尾村や飯舘村や山木屋へ行くと
大雪じゃったわ!!
パッと考えたら
冬の海や冬の川は寒そうじゃけど
実は
海辺や川辺の方が
内陸と比べると暖かいから
福島原発20km圏内も
太平洋沿いだったし
福島とは言え
温暖な町じゃったんじゃ!!
そんなこんなを思い出していたら
あっという間にいわき市
やはり
いわき市に着くと
1粒も雪もなく冬の陽気でした!
。。。。。。。。。。。。。。。
先月の
福島いわきリスタTNR一斉で
膀胱の中は尿石ストラバイトが
ジャリジャリあって
ひどい血尿の子がいて・・・
その子の餌やりが
超・無責任ヤロ〜で
話にもクソにもならんので
私が引き取って
栃木拠点へ連れて帰って
尿路ストラバイトを治した
・・・のだけど
※ロイカナフードを食べさせただけ(笑)
今回も
その子と同じ現場から来た1匹が
好酸球肉芽腫で・・・

左前足は
すでに肉球が破れ
血がにじんでいました。
この状態で
外に放すことはできんし
好酸球肉芽腫は
薬を飲めば治る病気なのに
餌やりは
クソヤロ〜じゃし
さぁ!
中谷さんど〜する?
え〜い!クソッ!
乗りかかった船じゃ!

・・・とゆ〜ことで
栃木拠点へ連れて帰りました(笑)
今日の時点では
去勢手術をしたばかりだから
来週あたりから
投薬治療を始める感じです。
前回連れて帰った
ひどい血尿の子が
あまりにシャ〜シャ〜で
だいぶ困ったから
今回の子も
シャ〜シャ〜だろうと予想して
名前を
オルカ(Orcaシャチ)にしました。
私は
《名前負け》を信じているから
強い系の名前を付けると
穏やかな子になる!
・・・で・・・オルカ
日本呼びのシャチだと
黒白イメージだから
ちょっとだけヒネって
オルカ
ええ名前じゃん!
。。。。。。。。。。。。。。。
外猫だった黒ちゃん
。。。。。。。。。。。。。。。
何年も前の話ですが・・・
最初に
栃木拠点の敷地内に
白黒ちゃんが現れたとき
白黒ちゃんは
馴れそ〜な子だと思ったけど
そのあとで
栃木拠点の敷地内に現れた
黒ちゃんは
顔も体つきも
100% THE 野良!
ごはんを食べに通ってくれたら
・・・と願って
T・捕まえて
N・去勢手術をして
R・元の場所に戻したわけです。
それから月日が流れ
白黒ちゃんと黒ちゃんは
完全な外猫となり
いつも
うちの敷地内のどこかに居ました。
ある日
黒ちゃんが
クチを痛そうにしてたので
捕まえて全抜歯をして
再び放しました。
外で自由にさせたいが
暑い夏が来ると気になり
寒い冬が来ると気になり
外で自由にさせたいのは
ヤマヤマじゃけど
暑くても寒くてもかわいそ〜
そ〜思い思い
ど〜することがベストか
わからんままダラダラしていたら
白黒ちゃんが
まさかの腎不全になり
それを機に
2匹とも御用!となり2ヶ月・・・

まさか
黒ちゃんが室内で
私のヒザに乗ってくるなんてね

最初に見たとき
よもやこんな日が来るとは

自撮り写真を撮って気づいた!
黒ちゃんの
耳先カットしてない方の耳は
ケンカ傷でガタガタ
ちぎれまくりじゃん(笑)
そ〜よ!
黒ちゃんは
顔も体つきも
100% THE 野良じゃった!

まぁまぁ黒ちゃん
寝んさいや〜♪

私は
黒ちゃんを
寝かしつけています!

なかなかの
寝心地なハズよ♪

私は
黒ちゃんを
寝かしつけています!

まさか!
私は
考えごとをしているだけです!

・・・だとさ!
by 黒ちゃん
。。。。。。。。。。。。。。。
心が痛むとき
。。。。。。。。。。。。。。。
イノシシ・カンジは
乳飲み子のウリ坊時代に
千葉県内を襲った豪雨に遭い
山から流されて
全身傷もぐれで
用水路に
引っ掛かっているところを
善男に発見され
善男宅に
連れて帰ってもらったけど
負傷ウリ坊を
診てくれる病院もなく
それなら!と
うみさんがお迎えに行って
栃木拠点にやって来ました。
《助けられない》とか
《無理だ》とゆ〜言葉を持っていない
自信家の私は
ウリ坊も子猫も同じ哺乳類!
・・・で
できるお世話を始めました。
月日は流れ
ありがたいことに
カンジは
今日も今日とて
元気に暮らしていますが

カンジの顔の傷は
あのときのままで・・・

目のところと
鼻先の傷を見るたびに
ちゃんと
治してあげられなかったことを
申し訳なく思います。
それは
ニホンジカのUPAも同じで
UPAはお母さんのお腹から
生まれ落ちた場所が悪く
羊膜に包まれたまま
山肌を滑り落ち
7〜8mある擁壁の下の
側溝にハマったのが
5月14日の朝7時
その後
近隣住民たちが
動物園から動愛センターから
いろんな行政機関に相談しても
どこも
ニホンジカを助けてくれず
グルグル回って
私に相談電話が来たのは
夕方5時過ぎ・・・
発見から10時間が経ち
生まれたばかりのUPAは
低体温でボンヤリ状態
それから
いろんなことがあり
ありがたいことに
UPAは
今日も今日とて
元気に暮らしておりますが

UPAの顔の傷は
あのときのままで・・・

目の下の傷を見るたびに
ちゃんと
治してあげられなかったことを
申し訳なく思います。
。。。。。。。。。。。。。。。
日々の活動を行う中で
後悔はしないのか
・・・と言えば
もちろん
自分のチカラ不足も多々あり
後悔することばかりですが
私は
自称・動物愛護家として
究極の愛護は《看取り》
・・・だと思っていて
そこは昔から
まったく変わりがありません。
命あるものは
差別も区別もなく
あなたも私も
みな死に逝くわけですから
そのときに
どれだけ《命を惜しむか》
ここが勝負だ!
・・・と私は思っていますよ♪
。。。。。。。。。。。。。。。
犬猫みなしご救援隊では
亡くなると
末期の香水を飲ませ
遺体を安置し
私たちの手で火葬し
遺骨は納骨所に納め
毎月28日
お不動さまのご縁日に
健空阿闍梨によって
供養経をあげ続けています。
。。。。。。。。。。。。。。。
・・・で
余談ではありますが
その先を申すと
私が自分のやるべきことを
やり遂げたときが
私の今生の人生を終えるときで
そのときは
先立った子たちが全員揃って
私を迎えに来てくれる
・・・とまぁ
こ〜ゆ〜手筈になってるんですよね♪
それこそ
50代の始めのころは
やりたいこととばかりあって
悟りの境地にはほど遠く
死にたくない!とゆ〜か
《生きたい欲》
・・・のカタマリだったけど
年々
その欲が軽くなっていって
自称・なんちゃって仏徒の私は
《その先の世》の存在を
強く信じていて
今では
《その先の楽しみ》の方が大きく
《その先の世》で再び
みんなと幸せに暮らす予定だから
死ぬことも《また》
今生の私の
楽しみのひとつでもあるんですよね♪


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