先週
仙台に行く用事があったので



うみちゃん号で
連れてってもらいました。



行きは
東北道を使いましたが



帰りは



原点回帰するために
仙台東部道路から常磐道



2011年3月15日ごろの



仙台東部道路より
太平洋側は



名取・岩沼・亘理・・・と
どこに行っても



海水が
押し寄せて来ていて



そこには
津波で流された家屋や自動車が



プカプカ浮いていました。





DSC_1536




この写真の
ガードレール寄り向こう側が全部



海になっていたなんて



目撃者の私ですら
すでにピンときません。



それぐらい今は



美しい《ザ・にっぽんの風景》
・・・が



広がっています。





DSC_1538




いつまでも



不幸な過去に
とらわれて生きることは



よくないことだけど



不幸な出来事を
まるっきり忘れちゃダメなんよ・・・



特に私にとっては



東北太平洋沖地震が
原点じゃから



たまには
原点に戻ってみないと・・・ね



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



南相馬で常磐線を下りて
福島原発20㎞圏内に入りました。





DSC_1539





小高区の
テツ子がいた空き地です。



空き地は
そのままでしたが



その周りの家は
ほとんどなくなっていて



太陽光発電システムが
ズラッと並んでいました。





DSC_1547




津波で大きな被害が出た
浪江町請戸




向こうには
請戸小学校が見えます。



町全体が
津波で壊滅状態だったけど



『何かが
生きとるかも知れん』



あきらめきれなくて
ここにも・・・よく来たもんです・・・






DSC_1548





この隣りの幾世橋で



ちょっとの計算ミスで取り逃がした
大型雑種犬のことが



今でも忘れられません。



私の胸には
成功例より失敗例が



今も
重くのしかかっています。






DSC_1549





津波被害のシンボル的なものでも
できるのかなぁ・・・



どこもここも
盛んに工事をしていますね・・・




DSC_1550




今でも残っている
津波被害に遭った一般住宅は



この家屋ともう1軒だけです。



あえて
ハッキリは写していませんが



1階部分は
津波でさらわれて



何もない状態です。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




浪江町から
双葉町へ入ると



当時のままの家屋が
一気に増えます。



10年も
人が住んでいないから



町全体が
廃墟化していますが



そんな中
ご立派な建物がありました。




DSC_1551





興味がないので
素通りしましたが



安い建物じゃないと思います。



この建物がある通りの
3本向こうの通りには



【原子力明るい未来のエネルギー】



・・・と書いてある看板が
ありました。



当時はそれを見ては



『明るい未来のエネルギー?
何が明るいんや!』



若い私は


いちいち
腹を立てていました(笑)



そんな双葉町から
大熊町に入りました。




DSC_1552





矢印が



福島第一原子力発電所の
エントツです。



『こんなモノさえなければ!』



・・・と
何度も思いながら見たエントツです。



このエントツ
10年も経つから



解体されて
もうないのかと思ってましたが



まだありました・・・





DSC_1555




そう簡単には
解体できんか・・・



危ないもんね・・・



原発反対とか賛成とか
言う前に



人間が制御できんもんを
人間が作る・・・



これこそが間違いなんじゃない?





DSC_1553





パッと見ただけじゃ
かわりにくくはなったけど



汚染物をため込んでいるところは
いたる所にありました。




DSC_1557





チョロたちが居た場所



汚染物置き場になっとる・・・



なんとも寂しいねぇ・・・







DSC_1561





超・凶暴だった
白マックを捕まえた富岡町



福島第二原発の近くです。



矢印は
植え込みがあった場所



白マックを捕まえた瞬間
偶然なんだけど



パトカーが何台も来てね
面倒くさいことになると思って



白マックを引っ張って
植え込みの裏に隠れてね・・・



私は茶色だから
土と同化できるけど



白マックは
白だから目立つでしょ



白マックの頭を私の脇に入れて
なるべく見えないようにして



『お前はええ子じゃのぅ
どこにおったんや?



私は広島から来とんじゃが
広島弁がわかるか?』



な~んて話をしながら



時が過ぎるのを
ジッと待ったもんです。



・・・で



栃木の塩谷ベースに
連れて帰ったら



あら!ビックリ!
超・ガウガウで超・咬みつき(笑)



私に引っ張られ
ガバッと頭を持たれたのに



咬まなかったのは奇跡かも



・・・どっちにしても
考えたら恐怖しかないので



その後



私は5年ぐらい
白マックに近づきませんでした。



いや・・・ホント・・・(笑)



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




時の政府・民主党は



福島原発20㎞圏内を
警戒区域内と指定し



なんびとたりとも
入ることを禁止としましたが



時の政府・民主党の
言いつけを守ることは



置きざりにされたままの
犬や猫など動物たちを



見殺すことになるわけです。



そんなこと
私にはできませんですぅ。



私的には



時の政府・民主党に
ケンカを売るつもりはなく



ただただ



福島原発20㎞圏内に
置きざりにされた犬や猫を



救出したかっただけなので



今でも
私の中では



福島原発20㎞圏内での活動は



政府の決まりを破ったとか
悪いことをしたとかの意識は



まったくないんですよね・・・






DSC_1564





楢葉町にあった
わさこ宅跡地



わさこんちは



昔ながらの
大きな日本家屋でしたが



それももうなくなっていて



代わりに
重機がズラッと並んでいました。



私は栃木拠点に戻るなり
田原くんに言いました。



『宮城の沿岸部は
当然のことじゃが



福島に入ってからも



私らの知っとる場所は
もうほとんどないよ



あれ?
・・・って道に迷うぐらい



街並みは
ガラっと変わっとるよ!



あれから10年じゃけんねぇ
しょうがないか・・・』



街並みが変わったことに
ショックを受けながら



じゃあ・・・あのままだったら
ど~なのか・・・



そこは私にもわからんのです。



・・・ただ



働くことが大嫌いで
遊んでばかりのクソみたいな女を



人間らしい道に導いてくれた



東北太平洋沖地震の
被災地には



これからも度々訪れ



どんなに街並みが変わろうが
原点回帰しては反省し



軌道修正していきたいと思います。



そ~しないと
私は横着じゃから



またクソみたいな女に
戻ってしまうかも知れんし・・・ね♪



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




犬猫みなしご救援隊
栃木拠点猫舎に


夜が来た♪




DSC_1574





もうちょっとで
今日が終わります。




DSC_1575





うちでは
ごはんがゼロになる時間はなく



少量ですが
常に用意されているので



猫たちは



余裕な感じで
夜ごはんを待ってます。




DSC_1578




常に
ごはんはあるけれど



新しいごはんが出たときの
幸せ気分を増やしたいから



多くは
置かないようにしています。





DSC_1576




猫トイレです。



透明塗装で
FRP防水をしているので



栃木拠点猫舎の
猫トイレは



木目は見えながらも
水でジャブジャブ洗えます。





DSC_1577




これぐらい大量に



ふわふわな感じで
ちぎった新聞紙を入れると



猫は気持ちよく
トイレを使います。



あまりに気持ちがいいので



トイレで
寝る子もいますけど・・・(笑)






DSC_1581


DSC_1585




ちょっとだけ冬仕様




DSC_1584





只今
カツ部屋を増築中のため



猫部屋のエアコンは



室外機を移動させたから
使えない状態です。



・・・けど
もうそんなに暑くもないし



もともと暖房は
オンドル式床暖利用なので



無問題なのです♪






DSC_1583





犬猫みなしご救援隊では



子猫は
夜はケージレストさせるので



子猫部屋は
ケージが山のようにあります。



ちゃんと覚えてるわけじゃないし
気のせいかも知れんけど



春より今時期の方が
子猫が多い感じもします。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




ケアルームに入ると




DSC_1580





あら・・・ちゃっかりくん
まだケージにいるの?



そ~なんです。



ちゃっかりは
他の猫を見たらウナるんです。



そ~ゆ~子は
たまにいます。



猫嫌いの子の場合



うちでは時間をかけて
なじませていきます。



実は
ちゃっかりは



原因不明の高熱が出ている状態で
うちに来た子でね






line_8170142500163




来た日のちゃっかり
沈鬱な感じでしょ・・・



なにが原因で
高熱が出ているのか



その時は
わからなかったけど



熱を下げて様子を見ていたら



肩のあたりが腫れ
皮膚が爆発!



『高熱の原因はコレじゃん!』



患部をキレイに洗い
感染を止めることに・・・






DSC_0915





ケンカ傷が
膿んだのだと思いますが



感染も治まり



皮膚もきれいになり
ええ感じになりました。





DSC_0916




この時点では



まだまだ
死んでいる皮膚も付いていたし



どっちにしても



縫合するには
皮膚が足らないから



このまま感染させないようにして



再生を待つしかない
・・・感じでした。




DSC_1579





そして・・・今



2ヶ月が経ち
自力で皮膚は再生しました。



もう治療することは
何もありません



・・・が
ちゃっかりは



猫が嫌いだから
ケージから出ようとしません。



野良時代



よっぽど怖い目に
遭ったんでしょうね・・・



ええよ・・・
そのままケージにいても・・・



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



私は幸せに暮らしたい
・・・と願っています。



私は
幸せに暮らすために



もったいないことはしない
・・・ようにしています。





DSC_1586





炊飯器に
ごはん粒が残っていたら





DSC_1587




1粒たりとも残さず丁寧に取って
その場で食べてから



炊飯器を洗います。



私は
お米1粒も作れない女です。



そんな女が



ごはんを1粒
無駄にしちゃ~ダメじゃろ!



もともと私は
チャランポランだったころから



食べ物は
大事にするタイプなんですよ♪





DSC_1588





野村まりが送ってくれた
枝豆



山羊&鹿に食べさせるから
葉っぱごと送って



・・・と言ったら
葉っぱごと送ってくれました。



山羊&鹿に枝豆を
・・・と



そ~は言うても



ちょっとぐらいは
私らが食べてもえかろう



・・・と
枝豆をちょいと切り集めて



残りを
山羊&鹿にまとめるという



セコイことをしたら



その下に



ちゃんと
人間用が入っていました。






DSC_1589




しかも大量に・・・



きっと野村まりは



「これはUPAちゃんたちに」
・・・と思って



葉っぱ付きを
用意してくれたんだろうに



私は《そこから》
《豆部分》を切り取った・・・



なんてこった・・・



つくずく
ダメな飼い主じゃわ・・・



実は・・・



猿や猪や熊たちに
送られてくる果物も



『お母さんがお毒見するけん』



・・・などと言いながら
私は先に食べている・・・



そんなこととは
ツユとも知らず



うちの子たちは
私のことを心底信用しとる・・・



ツキノワグマのカツくん



今も私の隣で
安心して寝とる・・・






DSC_1599



DSC_1598






明日からは



先に
つまみ食いするのはやめよう



・・・と強く思って・・・みたが



はて・・・



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



皆さま



10月14日(木曜)発売の
小学館「女性セブン」を



お買い求めください。



どこかに
犬猫みなしご救援隊が載ってます。




どこかに・・・ね♪♪



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




2022年
犬猫みなしご救援隊
オリジナルカレンダーの
予約が始まりました。



お届けは
12月になると思いますが



数に限りがあるので



お早めに



ご予約・お振り込みを
お願いいたします。






https://minashigo.jp/calendar_2022/