2013年10月
ちばわん&
みなしご協働
TNR一斉手術

温暖な気候に
包まれて
いたるところに
猫が居て
その猫たちが
のんびり
暮している・・・
そんな光景が
似合う島
長崎市高島町
私たちが
宿泊した民宿前
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
人口
わずか400人の
離島なのに
高島
行政センターは
それは
それは
立派な建物で
福島の
20km圏内の
公共施設の
立派さと
重なりました。

高島は
炭鉱の町で
炭鉱で
栄えていたころは
人口2万人とも
3万人とも
言われていて
小さな3つの島が
陸続きに
埋め立てられるなど
栄えかたも
ハンパじゃなかったようです。
炭鉱業で
高島を
栄えさせたのは
グラバー商会の
グラバーさんと
その後
引き継いだ
三菱財閥の
岩崎彌太郎さん
・・・なのだそうです。

岩崎彌太郎さんは
今なお
名の残る
三菱の
創設者であるだけでなく
素晴らしい
経営哲学を持った
偉人で
岩崎彌太郎列伝
・・・によると
《期するは
社会への貢献》
すなわち
事業を通じて
国や人々に
尽くすことにあった。
激しく燃えるように
常に全力で
事業に取り組んだ
岩崎彌太郎は
日本の近代化に
多大な貢献をし
明治18年2月7日
満50歳で
この世を去った。
その精神は
今も燃える
黒ダイヤのように
輝いている
・・・と
記されていました。
自分だけが
儲けちゃいけん!
その通りですね

以前は
風力発電も
あったそうですが
風が強くて
回りすぎて
火が出て
焼け落ちたそうです。

ほんまじゃ
風車の部分が
無い!

向うに見える
右側の小島が
産業遺産で
有名な
軍艦島です。

見ずらいですが
軍艦島を
目で見た感想は
『小さい!』
小さな岩が
いしずえとなり
人工的に
作った島だそうで
今は
無人廃墟です。

炭鉱で
栄えていたころの
軍艦島
今では
軍艦島ツアーが
さかんで
1日
100~400人ぐらいの
観光客が
訪れるそうです。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
10月10日
高島TNR一斉手術
初日

山口先生と
稲葉先生を
船着き場で待つ
サンゴや
色とりどりの藻など
高島は
海の中も
南国です♫

フェリーが
見えてきました。
ちょうど
その時・・・・・・
到着後の
フェリーに乗って
長崎市本土に
渡ろうとしていた
高島町民の
6~70代の
オバサン2人組が
私が
みなしごTシャツを
着ていたもんで
(私が
島に来ることは
行政センターが
広報済み)
私に
聞こえるように
「野良猫に
迷惑しとるばってん
捕まえるなら
元に戻さずに
どっかに
持って行って
くれんかね?」
その言葉を聞いて
振り返ると
話をやめて
素知らぬ顔で
私とは
まったく
目も合わさん
そして再び
海のほうを見ると
「そうたい!
みんな
迷惑しとるばってん
畑で
糞尿して
クサいっちゃ!」
またまた
振り返ると
またまた
知らんぷり・・・
多いね
こんな人
聞こえるように
言う勇気があるなら
もうちょっと
勇気を持って
面と向かって
言えばええのに
そこまでの
勇気はない・・・
なら
最初から
言わにゃええのに・・・
プン!!
私は
これまで
いろんな苦情を
処理してきた
経験上
どんな苦情にも
応じる自信があるのに
途中ヤメされて
なんだか
ストレス・・・

フェリーは
思いのほか
大きいし
思いのほか
下船客が多く
ビックリ

山口先生と
稲葉先生到着
余談ですが
うちの小谷さんは
山口先生の
ものまねが
ウマいです(笑)

前日は
長崎TVの
取材があり
TNR初日は
長崎新聞の
取材がありました。
‘小さな命を
生かす活動’
・・・を
メディアで
取り上げられるのは
ありがたいことです。

朝8時30分
続々
集りはじめました。

今回の
長崎高島
TNR一斉手術は
島の餌やりさん
島の行政機関
動物愛護団体
・・・の
三位一体で
行われました。
行政機関が
加わることで
予後の
野良猫たちの
安心生活が
保障されるので
ものすごく
やりがいのある
TNR一斉手術です。
『これからは
自治体と一緒に
TNR一斉手術を
やっていきたいね』

役人さんが
働く働く
野良猫たちを
生かすために
捕獲器を仕掛け
捕獲器を回収し
普段
こんなに
体を
動かさんじゃろうに・・・
なんだか
けなげでした。

高島町は
今年の
7月と8月に
島民からの
苦情に
成すすべがなく
32匹の猫を
捕まえ
殺処分しました。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
そんなことも
踏まえて
高島町
行政センターの
所長と
何度も
電話で話し合い
所長が
その時の
間違いを
反省している様子
・・・だったので
さらに話を
突っ込み
術後の
野良猫へ対しては
地域猫としての
生きる権利を
約束してもらい
『それじゃ
やりましょう!』
・・・と
なったのです。

この市営住宅も
ほとんどが
空き家で・・・
山口先生は
島の
のどかな雰囲気が
気に入った
みたいで
たまに
手術会場から
姿を消しては

みずから
猫を
捕獲していました(笑)

たいがい
ちばわん&
みなしご協働
TNR一斉手術を
行う場合
事前リサーチや
事前交渉は
私がやりますが
交渉中の
私の判断に
ちばわん代表
桂代ちゃんからも
山口先生からも
異議はなく
三者間では
スムーズに
ことが進みます。

ちばわん&
みなしご協働
TNR一斉手術

温暖な気候に
包まれて
いたるところに
猫が居て
その猫たちが
のんびり
暮している・・・
そんな光景が
似合う島
長崎市高島町
私たちが
宿泊した民宿前
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
人口
わずか400人の
離島なのに
高島
行政センターは
それは
それは
立派な建物で
福島の
20km圏内の
公共施設の
立派さと
重なりました。

高島は
炭鉱の町で
炭鉱で
栄えていたころは
人口2万人とも
3万人とも
言われていて
小さな3つの島が
陸続きに
埋め立てられるなど
栄えかたも
ハンパじゃなかったようです。
炭鉱業で
高島を
栄えさせたのは
グラバー商会の
グラバーさんと
その後
引き継いだ
三菱財閥の
岩崎彌太郎さん
・・・なのだそうです。

岩崎彌太郎さんは
今なお
名の残る
三菱の
創設者であるだけでなく
素晴らしい
経営哲学を持った
偉人で
岩崎彌太郎列伝
・・・によると
《期するは
社会への貢献》
すなわち
事業を通じて
国や人々に
尽くすことにあった。
激しく燃えるように
常に全力で
事業に取り組んだ
岩崎彌太郎は
日本の近代化に
多大な貢献をし
明治18年2月7日
満50歳で
この世を去った。
その精神は
今も燃える
黒ダイヤのように
輝いている
・・・と
記されていました。
自分だけが
儲けちゃいけん!
その通りですね

以前は
風力発電も
あったそうですが
風が強くて
回りすぎて
火が出て
焼け落ちたそうです。

ほんまじゃ
風車の部分が
無い!

向うに見える
右側の小島が
産業遺産で
有名な
軍艦島です。

見ずらいですが
軍艦島を
目で見た感想は
『小さい!』
小さな岩が
いしずえとなり
人工的に
作った島だそうで
今は
無人廃墟です。

炭鉱で
栄えていたころの
軍艦島
今では
軍艦島ツアーが
さかんで
1日
100~400人ぐらいの
観光客が
訪れるそうです。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
10月10日
高島TNR一斉手術
初日

山口先生と
稲葉先生を
船着き場で待つ
父と子


サンゴや
色とりどりの藻など
高島は
海の中も
南国です♫

フェリーが
見えてきました。
ちょうど
その時・・・・・・
到着後の
フェリーに乗って
長崎市本土に
渡ろうとしていた
高島町民の
6~70代の
オバサン2人組が
私が
みなしごTシャツを
着ていたもんで
(私が
島に来ることは
行政センターが
広報済み)
私に
聞こえるように
「野良猫に
迷惑しとるばってん
捕まえるなら
元に戻さずに
どっかに
持って行って
くれんかね?」
その言葉を聞いて
振り返ると
話をやめて
素知らぬ顔で
私とは
まったく
目も合わさん
そして再び
海のほうを見ると
「そうたい!
みんな
迷惑しとるばってん
畑で
糞尿して
クサいっちゃ!」
またまた
振り返ると
またまた
知らんぷり・・・
多いね
こんな人
聞こえるように
言う勇気があるなら
もうちょっと
勇気を持って
面と向かって
言えばええのに
そこまでの
勇気はない・・・
なら
最初から
言わにゃええのに・・・
プン!!
私は
これまで
いろんな苦情を
処理してきた
経験上
どんな苦情にも
応じる自信があるのに
途中ヤメされて
なんだか
ストレス・・・

フェリーは
思いのほか
大きいし
思いのほか
下船客が多く
ビックリ

山口先生と
稲葉先生到着
余談ですが
うちの小谷さんは
山口先生の
ものまねが
ウマいです(笑)

前日は
長崎TVの
取材があり
TNR初日は
長崎新聞の
取材がありました。
‘小さな命を
生かす活動’
・・・を
メディアで
取り上げられるのは
ありがたいことです。

朝8時30分
続々
集りはじめました。

今回の
長崎高島
TNR一斉手術は
島の餌やりさん
島の行政機関
動物愛護団体
・・・の
三位一体で
行われました。
行政機関が
加わることで
予後の
野良猫たちの
安心生活が
保障されるので
ものすごく
やりがいのある
TNR一斉手術です。
『これからは
自治体と一緒に
TNR一斉手術を
やっていきたいね』

役人さんが
働く働く
野良猫たちを
生かすために
捕獲器を仕掛け
捕獲器を回収し
普段
こんなに
体を
動かさんじゃろうに・・・
なんだか
けなげでした。

高島町は
今年の
7月と8月に
島民からの
苦情に
成すすべがなく
32匹の猫を
捕まえ
殺処分しました。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
そんなことも
踏まえて
高島町
行政センターの
所長と
何度も
電話で話し合い
所長が
その時の
間違いを
反省している様子
・・・だったので
さらに話を
突っ込み
術後の
野良猫へ対しては
地域猫としての
生きる権利を
約束してもらい
『それじゃ
やりましょう!』
・・・と
なったのです。

この市営住宅も
ほとんどが
空き家で・・・
山口先生は
島の
のどかな雰囲気が
気に入った
みたいで
たまに
手術会場から
姿を消しては

みずから
猫を
捕獲していました(笑)

たいがい
ちばわん&
みなしご協働
TNR一斉手術を
行う場合
事前リサーチや
事前交渉は
私がやりますが
交渉中の
私の判断に
ちばわん代表
桂代ちゃんからも
山口先生からも
異議はなく
三者間では
スムーズに
ことが進みます。

ちばわんと
みなしご救援隊
‘やり方’が
まったく違う
2つの団体
ちばわんと
みなしご救援隊
代表者の‘キャラ’も
まったく違う
2つの団体
それがなぜ
2年半も
仲良く
協働活動が
できるのか
その理由が
わかりました!!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
以下
ちばわん代表
桂代ちゃんの
スマートフォンに
入っていた
写真です。

高島を撮る
私

ユキを撮る
私

昼寝する
私

帰りの
荷物積みを見る
私
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
このほか
たくさん
私の画像があり
扇田桂代
携帯は
プチ中谷百里
写真集
・・・に
なっていました。
ちばわん&
みなしごが
うまくいく理由
ちばわん代表の
桂代ちゃんが
みなしご救援隊代表の
中谷の
大ファン
・・・だからです
(笑)(笑)(笑)

この子たちは
高島町
飛島磯釣り公園の
猫たちです。

磯釣り公園は
有料の釣り場で

歩いて
渡れるようになってます。

大型台風が
去ったあとなのに
この透明感
もったいないほどの
自然です♪

このあたりを
拠点にしている猫は
20匹前後
釣り公園の
子たちは
釣り客から
小魚をもらうみたいで
ハラハラするぐらい
人間を
恐れません。

手術から
ひと晩明けた
翌朝
元の場所
釣り公園事務所前で
リリース

リリースするのは
高島町
行政センターの
職員さん
通称アニキです。

リリース後は
たんまりと
お食餌です。

私の存在に
気づいたよう・・・

おいで!

どうですか!?
このかわいさ・・・

行政センターの
職員さんにも
甘えてます。

道路を
渡るなよ・・・
危ないじゃん・・・

目薬が点せる
野良猫って・・・
帰る前に
全頭
点しました。

桂代ちゃんは
子猫たちが
道路を渡るのが
気になって
気になって

山口先生は
子猫と遊び中
「かわいいな」
「かわいいな」

今回
お世話になった方々
一番最初に
高島情報を教えてくれ
その後も
情報収集に
協力してくれた
高橋さん
最初から
最後まで
家族総出で
奮闘してくれた
高島在住の
水野さん一家
その他
大勢の
高島の
猫好きさんたち
手術会場での
お手伝いをしてくれた
長崎地域猫協議会の
方々
捕獲の
お手伝いをしてくれた
長崎猫の会の
方々
そして
高島町
行政センターの
所長以下
職員の皆さま
ご協力
ありがとうございました。
お蔭様で
120匹の猫に
不妊手術
ワクチン接種
ノミマダニ駆除
回虫駆除
・・・を
施すことができました。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
おまけに
高島町
行政センターから
「まだ
未手術の猫もいるし
来年も
長崎くんちの
時期に
来てもらえませんか?」
・・・と
言われました。
もちろんです!
それより
早くに行くかもよ♪
みなしご救援隊
‘やり方’が
まったく違う
2つの団体
ちばわんと
みなしご救援隊
代表者の‘キャラ’も
まったく違う
2つの団体
それがなぜ
2年半も
仲良く
協働活動が
できるのか
その理由が
わかりました!!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
以下
ちばわん代表
桂代ちゃんの
スマートフォンに
入っていた
写真です。

高島を撮る
私

ユキを撮る
私

昼寝する
私

帰りの
荷物積みを見る
私
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
このほか
たくさん
私の画像があり
扇田桂代
携帯は
プチ中谷百里
写真集
・・・に
なっていました。
ちばわん&
みなしごが
うまくいく理由
ちばわん代表の
桂代ちゃんが
みなしご救援隊代表の
中谷の
大ファン
・・・だからです
(笑)(笑)(笑)

この子たちは
高島町
飛島磯釣り公園の
猫たちです。

磯釣り公園は
有料の釣り場で

歩いて
渡れるようになってます。

大型台風が
去ったあとなのに
この透明感
もったいないほどの
自然です♪

このあたりを
拠点にしている猫は
20匹前後
釣り公園の
子たちは
釣り客から
小魚をもらうみたいで
ハラハラするぐらい
人間を
恐れません。

手術から
ひと晩明けた
翌朝
元の場所
釣り公園事務所前で
リリース

リリースするのは
高島町
行政センターの
職員さん
通称アニキです。

リリース後は
たんまりと
お食餌です。

私の存在に
気づいたよう・・・

おいで!

どうですか!?
このかわいさ・・・

行政センターの
職員さんにも
甘えてます。

道路を
渡るなよ・・・
危ないじゃん・・・

もし
高島の
釣り公園に
行くことがあったら
ぜひ
この子たちに
おいしい缶詰を
お土産に
持って行ってください。

こんな感じで
耳先カットされた
気のいい
猫たちが
わらわらと
出迎えてくれるハズ

高島の
釣り公園に
行くことがあったら
ぜひ
この子たちに
おいしい缶詰を
お土産に
持って行ってください。

こんな感じで
耳先カットされた
気のいい
猫たちが
わらわらと
出迎えてくれるハズ

目薬が点せる
野良猫って・・・
帰る前に
全頭
点しました。

桂代ちゃんは
子猫たちが
道路を渡るのが
気になって
気になって

山口先生は
子猫と遊び中
「かわいいな」
「かわいいな」

今回
お世話になった方々
一番最初に
高島情報を教えてくれ
その後も
情報収集に
協力してくれた
高橋さん
最初から
最後まで
家族総出で
奮闘してくれた
高島在住の
水野さん一家
その他
大勢の
高島の
猫好きさんたち
手術会場での
お手伝いをしてくれた
長崎地域猫協議会の
方々
捕獲の
お手伝いをしてくれた
長崎猫の会の
方々
そして
高島町
行政センターの
所長以下
職員の皆さま
ご協力
ありがとうございました。
お蔭様で
120匹の猫に
不妊手術
ワクチン接種
ノミマダニ駆除
回虫駆除
・・・を
施すことができました。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
おまけに
高島町
行政センターから
「まだ
未手術の猫もいるし
来年も
長崎くんちの
時期に
来てもらえませんか?」
・・・と
言われました。
もちろんです!
それより
早くに行くかもよ♪
ご苦労様で~す
有り難うございま~す感謝
感激
…で~す


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