昨日9月13日は
栃木拠点TNR一斉でした。
うちの者たちは
TNRを長年やってるから
TNRは慣れているし
連れてくる人も
ほとんどの人が慣れているし
特に私が
しゃしゃり出る必要もないのに
今月は
栃木拠点におれないから
朝からあれやこれや
気になって気になって(笑)
・・・かと言って
その場に居ない私が
やいのやいの言っても
うちの者たち的には
「いつも通りやりますから
安心してください!」
・・・と思うだろうし
やって見せ
言って聞かせてさせてみて
褒めてやらねば
人は動かじ
私はうちの者たちに
自分がやる姿を見せてきたし
やり方を教えてもきた
常日頃
8回怒るけど2回は褒めている・・・
なら問題ないじゃん
・・・と・・・そ〜思おう!
ヨシ♪
。。。。。。。。。。。。。。。
私はみんなに
『やって見せ』しているハズが
どいつもこいつも
送ってくる写真に説明がなく(笑)
これじゃ〜
啓発ブログは書けんよ〜
これは先週9月9日の
福島いわきリスタTNR一斉
↓ ↓ ↓ ↓

どれも意味不明(笑)
私は必ずこのブログには
ビフォーアフター
◯◯だったけど
対処したよ的な写真を添付するんだけど
送られてくる写真には
ビフォーアフターもないし
言葉による説明は一切なく
ド〜ンと写真だけ届く(泣)
だけど
この写真だけは
なにをしてるのかもよくわかる!
↓ ↓ ↓ ↓
なんたってこの写真は
私がTNR一斉で
一番チカラを入れてる
お昼ごはんの時間じゃから♪

なごやかに
お昼ごはんを食べてる感じ
ええね♪うんええよ♪
地方のボランティアさんと私が
仲良くなるには
このお昼ごはんの時間が勝負じゃ!
・・・と
断言できるくらい
私の中では
ものすご〜大事にしている時間
・・・なんですよ!
それにしても・・・
なにを食べてるのかと
写真を拡大して見たら
もしかしてこれは・・・
私が居ないときに限って
私の大好物の
辛いタイ料理じゃ〜ないのか!?
福島県は基本
どこの市町も食べ物が美味しくて
ハズレがほぼないように
いわき市もやっぱり
なにを食べても美味しいです。
特にこのタイ料理は
見た目はたいしたことないのに(笑)
食べたら
驚きの美味しさで
マネしたくてもマネできない
深い味なのよね〜
あ〜いわきに行きた〜い♪
辛いのが食べた〜い♪

この写真は
ひょんなことから
頭がスポッと入ってしまい
抜けなくなったパターンだね!
TNRをやってたら
たまにこ〜ゆ〜のに出くわすけど
猫だって
不測の行動をとりますからね
・・・だから私は
《猫に首輪すら大反対》なのです。
何度も繰り返し言ってますけど
私は・・・
人間が居なくなった
福島原発20km圏内で
首輪が引っ掛かって
首を吊った形となって
猫が亡くなるとゆ〜
悲劇的な不慮の事故を
実際
何回も見てますからね・・・
首輪が引っ掛かって
猫が亡くなる不慮の事故は
大きな問題にならないだけで
あなたの町でも
ひそかに起きているハズです。
ハズれる首輪は
《真横に》
均等のチカラで引っ張らないとハズれません。
猫の首輪が
なにかに引っ掛かるときは
首輪は
真横にはなっていないから
ハズれないのです!!
《猫に首輪》
これは昭和の考えです!
猫に首輪をしている方は
今すぐ首輪はハズしましょう!
。。。。。。。。。。。。。。。
うちの栃木拠点の者が送ってきた
昨日9月13日の
栃木拠点TNR一斉の写真
↓ ↓ ↓ ↓

私もたいがい
カメラのセンスがないけど
うちの者もセンスがない!(泣)
別の者が送ってきた写真
↓ ↓ ↓ ↓

普通にいつもな感じの
待機室

なんだこの人物写真
人間の写真は要らん要らん(笑)
一見
働いてないよ〜に見える
リスタの鈴木さん
こ〜見えてこの度は
栃木に行かれない私の代わりに
いわきから栃木拠点まで来て
いろいろやってくれて
大助かりしたんです!
ホント感謝しています♪

骨の病気を持つ
スコティシュ系の猫が来たのね!

腕もちょっとおかしいね

あ〜後ろ足は
もっとおかしいね・・・

ホントなら
キジ白でキレイな顔だちで
モテモテでしょうに
体中の関節が痛くて
それどころしゃなくて・・・
かわいそ〜に!

チラっと見える「金子」の文字
会津から今回も来たのね♪
ご苦労さまでした。
。。。。。。。。。。。。。。。
私たちの医療チームでは
眼瞼癒着も
角膜に問題がなければ
必ず整復手術を施します♪
※※血管新生をしていたら何もしません。

白猫だからわかりにくいけど
眼球に白い膜があるでしょ
絵に描いたような
眼瞼癒着です!
この白い膜からのぞくと
角膜が生きているかわかります。
角膜が生きていたら
この邪魔な膜は取り除きましょう!

術後です。
現れたのが青目だったから
わかりにくいかもですが
手術は大成功♪♪
視界がキレイに開けたから
明日からは
うずろ〜しゅ〜なかろうて
※※邪魔モノがなくよく見える
。。。。。。。。。。。。。。。
今日は
イタチのウン◯のお話(笑)

朝・・・
たいがいこんな感じで
イタチのロザンナのケージのそばに
ウン◯があります。

イタチは細長いウン◯を
ブリッと一瞬で力強く出します。
・・・なので
勢い余って飛び出すのでしょう(笑)

なんかかわいい♪
動物はええね・・・
ウン◯ですら可愛いらしく見える
想像して!
これがそこらの
いけ好かんオヤジのウン◯じゃったら
絶対に許さんじゃろ(笑)
こんなことを想像する私って
ど〜なん??(笑)(笑)(笑)

ロザンナです♪

こちらはヒデです♪
ヒデ&ロザンナは赤ちゃんのとき
豪雨で流されて
他のきょうだいはダメだったけど
2匹は生きてた!
・・・で
兵庫県からうちに来た子たちです。

ヒデはロザンナの反対
ケージの後ろ側でブリッと(笑)
・・・でも
やっぱり四隅でやるのよね〜笑)
。。。。。。。。。。。。。。。
なんでもない光景

だいぶ見慣れた光景なのに
今でもたま〜に
亀を捕まえようとする子がおる
おもろい!
。。。。。。。。。。。。。。。
鳩に助けられた私の話
。。。。。。。。。。。。。。。
8月24日(月)
普段
健康診断等でお世話になっている
総合病院で検査してもらったら
※※栃木拠点から数日前に電話で診察の予約をしていた。
「これはうちでは診られない」
・・・と言われ
よくわからんまま
救急車で原爆病院に搬送され
よくわからんまま
原爆病院の血液腫瘍センターに入り
このまま骨髄検査をします!
・・・となり
「発熱の原因がわかりました。
病名は急性骨髄性白血病!
その中でも
足の早いタチの悪いタイプで
余命は1週間」
・・・と言われました。
私はここまでしか
記憶にないのだけれど
※※脳がストップした感じ
こないだ田原くんが
「ここに来てすぐ
余命3日と言われたときは
たまげたの〜」
・・・と言うので
『余命は1週間じゃと言われたじゃん!』
・・・と言うと
実は
余命1週間宣告のあとに
こう言われたんだそう
「これから3日が勝負
3日を越せたら
1週間はいけるけど
3日が越せない場合もあるから
正しくは余命3日です」
私はホンマに
今思い出しても
どこでその話を聞いたのかも
わからんし
「余命3日」とゆ〜言葉は
まったく聞き覚えがなく
まったく記憶にないので
『そのとき私はその場におった?』
・・・と聞いたんです。
そしたら
「2人で一緒に聞いたじゃないか!」
・・・と
どうやら私は
先生の説明を聞いたあと
『私をひとりにせんでよ!
ひとりにされるんなら私も死ぬ』
・・・と泣いていたらしい(笑)
らしい・・・と言うぐらい
私にはこの部分の記憶が
まったくないのです。
それにしても
人間の脳ってすごいね・・・
あまりに辛い現実が起きると
人間の脳はカイリするんですねぇ
そのとき以外も
8月24日から9月6日まで2週間の
私の記憶は不確かで
その間に
広島本部でも芦別拠点でも
雄武でもTNR一斉はあったし
その準備も私はやったし
実際に私は
そのとき生きていたんだけど
ごはんもほぼ食べてないし
なにを食べても美味しくないし
こんな調子でよくもまぁ毎日
無事故で
広島市のど真ん中を通って
原爆病院へ通ってたな・・・
・・・と思います。
そんな私の不思議な体験です。

今の原爆病院の裏手には
広島市に原爆が落とされたときの
広島赤十字病院の一部が
原爆遺構として残されています。
それを見ると
爆風でゆがんだ鉄製の窓枠が
原爆の凄まじさを物語っています。
こんなボロボロになった病院で
手さぐり状態で未知の領域
原爆症に苦しむ市民を
当時のお医者さんや
看護婦さんたちは
次々と
救護していったわけだから
81年前のこの病院では
すごいことをしていたんですよ!
・・・だから
この広島赤十字病院を
私のような古い広島市民は
原爆病院と呼ぶのです!

写真を撮る
私の姿が写ってますが(笑)
マルセル・ジュノー博士の
功績が記された記念碑

動員学徒の絵
原爆投下の8月6日
広島市内では
6000人もの児童・生徒が
被爆死したそうです。
※※被爆死とは
放射線物質によって死に至り
無傷のまま亡くなること

今では糞被害とかで
嫌われものになっている鳩ですが
※※鳩=ドバト
かつて広島市では鳩を
《平和の象徴》として
あがめたてまつっていた時代もあり
それが証拠に
原爆関連碑には
この碑のように
鳩の像が多数見受けられます。

平和の象徴であった鳩も
いつしか時代が移り変わり
糞をしただけで嫌われ
弱っていても
ケガをしていても
見るな!触るな!放っておけ!
・・・の存在になりました。
私はこの考えに
ずっと異論を唱えており
行政機関が
負傷鳩を助けないなら私が助ける!
助けもしないで
私に文句を言うのはおかしかろ?
・・・そんなこんなで私は
これまで何十羽もの負傷鳩を
引き取ってきました。
。。。。。。。。。。。。。。。
8月25日
田原くんが入院した翌日
突然
ひとりぼっちになった私は
田原くんの病室を
病院の外から見ようと
原爆病院の横の道を歩き始めました。

赤丸が田原くんの病室で
私が歩くコースは
原爆病院のPから出て
4車線道路を渡って
赤丸の前あたりに行き
病室を見上げて
また同じルートでPに戻るコース

その途中の
歩道脇のコンクリートの縁に
※※左の建物か原爆病院
1羽の鳩が
車道に向かって立っていました。
あたりには
仲間の鳩がいる様子もなく
たった1羽で立っていました。

ここに立っていました。
通常
鳩が地面にいるときは
歩いているか
なにかを食べているか
常に
忙しく動いているものですが
その鳩は
作り物?と思うぐらい
立ったまま動きませんでした。
私はその鳩が気になって
『飛べんのなら一緒にうちに帰るか?』
・・・と話しかけました。
もちろん
鳩はなにも答えませんが
田原くんの病室を見上げて
帰るときも
鳩は同じように
車道に向かって立っており
私は鳩に話しかけながら
もし飛べない鳩なら
捕まえて連れて帰ろうか
・・・と
ものすごく悩みました。
・・・が
万が一
私が失敗して鳩が逃げたら
目の前は
車通りの多い4車線道路
そりゃ〜マズかろ!
そう思って手は出しませんでした。
その鳩は
小柄な若そうなメス鳩でした。
まったく同じ鳩が
まったく同じように
道路に向かって立っている
・・・そんな日が13日も続き
私は
田原くんの病室が見たいのか
鳩に会いたいのか(笑)
鳩と話をするのが
楽しみのひとつになっていきました。
。。。。。。。。。。。。。。。
9月6日(日)
鳩と出会って14日目
この日はあさみも
原爆病院について来ました。
田原くんの病室の下に行くとき
あさみも鳩の存在に気づき
「この子は
ぜんぜん動きそうにないけど
なんで動かんのですか?
飛べんのですかね?」
・・・と私に聞くので
『この子は毎日ここにいて
私の話を聞いてくれとるんよ
私もなんでここにおるんか
気になっとるけど
この子が飛べんとして
ここで手を出すのは怖かろ?
ここで捕獲を失敗したら
この子は車道に飛び出てアウトじゃろ』
・・・と言うと
あさみも理解したようで
「それはヤバい!
このままがええですね!」
・・・と
その日は
千羽鶴が届いたりしたので
私は原爆病院へ2回行きました。
※※1日に2回行くことは何度かあります。
2回目もあさみはついて来て
私に聞きました。
「あの鳩いますかね?」
私は威張って答えました。
『絶対おるよ!
何時でも絶対おるけぇね
私のことを
待ってくれとるよ〜な気がするし』
ところが
2回目のときは鳩はおらず
そればかりか
このときを境に鳩は
ピタッと姿を見せなくなりました。
私が
ものすごく辛かったとき
私の泣き言を
ずっと聞いてくれてたのに・・・
もしかして
私が元気になったから
「もう大丈夫!」
・・・と思ったのかなぁ
もし
・・・そ〜だったとしたら
私はものすご〜助けられたし
お礼が言いたかったな・・・
もう1回でええけぇ
会わせてください!
以上
鳩と私の
不思議な不思議なお話でした。
栃木拠点TNR一斉でした。
うちの者たちは
TNRを長年やってるから
TNRは慣れているし
連れてくる人も
ほとんどの人が慣れているし
特に私が
しゃしゃり出る必要もないのに
今月は
栃木拠点におれないから
朝からあれやこれや
気になって気になって(笑)
・・・かと言って
その場に居ない私が
やいのやいの言っても
うちの者たち的には
「いつも通りやりますから
安心してください!」
・・・と思うだろうし
やって見せ
言って聞かせてさせてみて
褒めてやらねば
人は動かじ
私はうちの者たちに
自分がやる姿を見せてきたし
やり方を教えてもきた
常日頃
8回怒るけど2回は褒めている・・・
なら問題ないじゃん
・・・と・・・そ〜思おう!
ヨシ♪
。。。。。。。。。。。。。。。
私はみんなに
『やって見せ』しているハズが
どいつもこいつも
送ってくる写真に説明がなく(笑)
これじゃ〜
啓発ブログは書けんよ〜
これは先週9月9日の
福島いわきリスタTNR一斉
↓ ↓ ↓ ↓

どれも意味不明(笑)
私は必ずこのブログには
ビフォーアフター
◯◯だったけど
対処したよ的な写真を添付するんだけど
送られてくる写真には
ビフォーアフターもないし
言葉による説明は一切なく
ド〜ンと写真だけ届く(泣)
だけど
この写真だけは
なにをしてるのかもよくわかる!
↓ ↓ ↓ ↓
なんたってこの写真は
私がTNR一斉で
一番チカラを入れてる
お昼ごはんの時間じゃから♪

なごやかに
お昼ごはんを食べてる感じ
ええね♪うんええよ♪
地方のボランティアさんと私が
仲良くなるには
このお昼ごはんの時間が勝負じゃ!
・・・と
断言できるくらい
私の中では
ものすご〜大事にしている時間
・・・なんですよ!
それにしても・・・
なにを食べてるのかと
写真を拡大して見たら
もしかしてこれは・・・
私が居ないときに限って
私の大好物の
辛いタイ料理じゃ〜ないのか!?
福島県は基本
どこの市町も食べ物が美味しくて
ハズレがほぼないように
いわき市もやっぱり
なにを食べても美味しいです。
特にこのタイ料理は
見た目はたいしたことないのに(笑)
食べたら
驚きの美味しさで
マネしたくてもマネできない
深い味なのよね〜
あ〜いわきに行きた〜い♪
辛いのが食べた〜い♪

この写真は
ひょんなことから
頭がスポッと入ってしまい
抜けなくなったパターンだね!
TNRをやってたら
たまにこ〜ゆ〜のに出くわすけど
猫だって
不測の行動をとりますからね
・・・だから私は
《猫に首輪すら大反対》なのです。
何度も繰り返し言ってますけど
私は・・・
人間が居なくなった
福島原発20km圏内で
首輪が引っ掛かって
首を吊った形となって
猫が亡くなるとゆ〜
悲劇的な不慮の事故を
実際
何回も見てますからね・・・
首輪が引っ掛かって
猫が亡くなる不慮の事故は
大きな問題にならないだけで
あなたの町でも
ひそかに起きているハズです。
ハズれる首輪は
《真横に》
均等のチカラで引っ張らないとハズれません。
猫の首輪が
なにかに引っ掛かるときは
首輪は
真横にはなっていないから
ハズれないのです!!
《猫に首輪》
これは昭和の考えです!
猫に首輪をしている方は
今すぐ首輪はハズしましょう!
。。。。。。。。。。。。。。。
うちの栃木拠点の者が送ってきた
昨日9月13日の
栃木拠点TNR一斉の写真
↓ ↓ ↓ ↓

私もたいがい
カメラのセンスがないけど
うちの者もセンスがない!(泣)
別の者が送ってきた写真
↓ ↓ ↓ ↓

普通にいつもな感じの
待機室

なんだこの人物写真
人間の写真は要らん要らん(笑)
一見
働いてないよ〜に見える
リスタの鈴木さん
こ〜見えてこの度は
栃木に行かれない私の代わりに
いわきから栃木拠点まで来て
いろいろやってくれて
大助かりしたんです!
ホント感謝しています♪

骨の病気を持つ
スコティシュ系の猫が来たのね!

腕もちょっとおかしいね

あ〜後ろ足は
もっとおかしいね・・・

ホントなら
キジ白でキレイな顔だちで
モテモテでしょうに
体中の関節が痛くて
それどころしゃなくて・・・
かわいそ〜に!

チラっと見える「金子」の文字
会津から今回も来たのね♪
ご苦労さまでした。
。。。。。。。。。。。。。。。
私たちの医療チームでは
眼瞼癒着も
角膜に問題がなければ
必ず整復手術を施します♪
※※血管新生をしていたら何もしません。

白猫だからわかりにくいけど
眼球に白い膜があるでしょ
絵に描いたような
眼瞼癒着です!
この白い膜からのぞくと
角膜が生きているかわかります。
角膜が生きていたら
この邪魔な膜は取り除きましょう!

術後です。
現れたのが青目だったから
わかりにくいかもですが
手術は大成功♪♪
視界がキレイに開けたから
明日からは
うずろ〜しゅ〜なかろうて
※※邪魔モノがなくよく見える
。。。。。。。。。。。。。。。
今日は
イタチのウン◯のお話(笑)

朝・・・
たいがいこんな感じで
イタチのロザンナのケージのそばに
ウン◯があります。

イタチは細長いウン◯を
ブリッと一瞬で力強く出します。
・・・なので
勢い余って飛び出すのでしょう(笑)

なんかかわいい♪
動物はええね・・・
ウン◯ですら可愛いらしく見える
想像して!
これがそこらの
いけ好かんオヤジのウン◯じゃったら
絶対に許さんじゃろ(笑)
こんなことを想像する私って
ど〜なん??(笑)(笑)(笑)

ロザンナです♪

こちらはヒデです♪
ヒデ&ロザンナは赤ちゃんのとき
豪雨で流されて
他のきょうだいはダメだったけど
2匹は生きてた!
・・・で
兵庫県からうちに来た子たちです。

ヒデはロザンナの反対
ケージの後ろ側でブリッと(笑)
・・・でも
やっぱり四隅でやるのよね〜笑)
。。。。。。。。。。。。。。。
なんでもない光景

だいぶ見慣れた光景なのに
今でもたま〜に
亀を捕まえようとする子がおる
おもろい!
。。。。。。。。。。。。。。。
鳩に助けられた私の話
。。。。。。。。。。。。。。。
8月24日(月)
普段
健康診断等でお世話になっている
総合病院で検査してもらったら
※※栃木拠点から数日前に電話で診察の予約をしていた。
「これはうちでは診られない」
・・・と言われ
よくわからんまま
救急車で原爆病院に搬送され
よくわからんまま
原爆病院の血液腫瘍センターに入り
このまま骨髄検査をします!
・・・となり
「発熱の原因がわかりました。
病名は急性骨髄性白血病!
その中でも
足の早いタチの悪いタイプで
余命は1週間」
・・・と言われました。
私はここまでしか
記憶にないのだけれど
※※脳がストップした感じ
こないだ田原くんが
「ここに来てすぐ
余命3日と言われたときは
たまげたの〜」
・・・と言うので
『余命は1週間じゃと言われたじゃん!』
・・・と言うと
実は
余命1週間宣告のあとに
こう言われたんだそう
「これから3日が勝負
3日を越せたら
1週間はいけるけど
3日が越せない場合もあるから
正しくは余命3日です」
私はホンマに
今思い出しても
どこでその話を聞いたのかも
わからんし
「余命3日」とゆ〜言葉は
まったく聞き覚えがなく
まったく記憶にないので
『そのとき私はその場におった?』
・・・と聞いたんです。
そしたら
「2人で一緒に聞いたじゃないか!」
・・・と
どうやら私は
先生の説明を聞いたあと
『私をひとりにせんでよ!
ひとりにされるんなら私も死ぬ』
・・・と泣いていたらしい(笑)
らしい・・・と言うぐらい
私にはこの部分の記憶が
まったくないのです。
それにしても
人間の脳ってすごいね・・・
あまりに辛い現実が起きると
人間の脳はカイリするんですねぇ
そのとき以外も
8月24日から9月6日まで2週間の
私の記憶は不確かで
その間に
広島本部でも芦別拠点でも
雄武でもTNR一斉はあったし
その準備も私はやったし
実際に私は
そのとき生きていたんだけど
ごはんもほぼ食べてないし
なにを食べても美味しくないし
こんな調子でよくもまぁ毎日
無事故で
広島市のど真ん中を通って
原爆病院へ通ってたな・・・
・・・と思います。
そんな私の不思議な体験です。

今の原爆病院の裏手には
広島市に原爆が落とされたときの
広島赤十字病院の一部が
原爆遺構として残されています。
それを見ると
爆風でゆがんだ鉄製の窓枠が
原爆の凄まじさを物語っています。
こんなボロボロになった病院で
手さぐり状態で未知の領域
原爆症に苦しむ市民を
当時のお医者さんや
看護婦さんたちは
次々と
救護していったわけだから
81年前のこの病院では
すごいことをしていたんですよ!
・・・だから
この広島赤十字病院を
私のような古い広島市民は
原爆病院と呼ぶのです!

写真を撮る
私の姿が写ってますが(笑)
マルセル・ジュノー博士の
功績が記された記念碑

動員学徒の絵
原爆投下の8月6日
広島市内では
6000人もの児童・生徒が
被爆死したそうです。
※※被爆死とは
放射線物質によって死に至り
無傷のまま亡くなること

今では糞被害とかで
嫌われものになっている鳩ですが
※※鳩=ドバト
かつて広島市では鳩を
《平和の象徴》として
あがめたてまつっていた時代もあり
それが証拠に
原爆関連碑には
この碑のように
鳩の像が多数見受けられます。

平和の象徴であった鳩も
いつしか時代が移り変わり
糞をしただけで嫌われ
弱っていても
ケガをしていても
見るな!触るな!放っておけ!
・・・の存在になりました。
私はこの考えに
ずっと異論を唱えており
行政機関が
負傷鳩を助けないなら私が助ける!
助けもしないで
私に文句を言うのはおかしかろ?
・・・そんなこんなで私は
これまで何十羽もの負傷鳩を
引き取ってきました。
。。。。。。。。。。。。。。。
8月25日
田原くんが入院した翌日
突然
ひとりぼっちになった私は
田原くんの病室を
病院の外から見ようと
原爆病院の横の道を歩き始めました。

赤丸が田原くんの病室で
私が歩くコースは
原爆病院のPから出て
4車線道路を渡って
赤丸の前あたりに行き
病室を見上げて
また同じルートでPに戻るコース

その途中の
歩道脇のコンクリートの縁に
※※左の建物か原爆病院
1羽の鳩が
車道に向かって立っていました。
あたりには
仲間の鳩がいる様子もなく
たった1羽で立っていました。

ここに立っていました。
通常
鳩が地面にいるときは
歩いているか
なにかを食べているか
常に
忙しく動いているものですが
その鳩は
作り物?と思うぐらい
立ったまま動きませんでした。
私はその鳩が気になって
『飛べんのなら一緒にうちに帰るか?』
・・・と話しかけました。
もちろん
鳩はなにも答えませんが
田原くんの病室を見上げて
帰るときも
鳩は同じように
車道に向かって立っており
私は鳩に話しかけながら
もし飛べない鳩なら
捕まえて連れて帰ろうか
・・・と
ものすごく悩みました。
・・・が
万が一
私が失敗して鳩が逃げたら
目の前は
車通りの多い4車線道路
そりゃ〜マズかろ!
そう思って手は出しませんでした。
その鳩は
小柄な若そうなメス鳩でした。
まったく同じ鳩が
まったく同じように
道路に向かって立っている
・・・そんな日が13日も続き
私は
田原くんの病室が見たいのか
鳩に会いたいのか(笑)
鳩と話をするのが
楽しみのひとつになっていきました。
。。。。。。。。。。。。。。。
9月6日(日)
鳩と出会って14日目
この日はあさみも
原爆病院について来ました。
田原くんの病室の下に行くとき
あさみも鳩の存在に気づき
「この子は
ぜんぜん動きそうにないけど
なんで動かんのですか?
飛べんのですかね?」
・・・と私に聞くので
『この子は毎日ここにいて
私の話を聞いてくれとるんよ
私もなんでここにおるんか
気になっとるけど
この子が飛べんとして
ここで手を出すのは怖かろ?
ここで捕獲を失敗したら
この子は車道に飛び出てアウトじゃろ』
・・・と言うと
あさみも理解したようで
「それはヤバい!
このままがええですね!」
・・・と
その日は
千羽鶴が届いたりしたので
私は原爆病院へ2回行きました。
※※1日に2回行くことは何度かあります。
2回目もあさみはついて来て
私に聞きました。
「あの鳩いますかね?」
私は威張って答えました。
『絶対おるよ!
何時でも絶対おるけぇね
私のことを
待ってくれとるよ〜な気がするし』
ところが
2回目のときは鳩はおらず
そればかりか
このときを境に鳩は
ピタッと姿を見せなくなりました。
私が
ものすごく辛かったとき
私の泣き言を
ずっと聞いてくれてたのに・・・
もしかして
私が元気になったから
「もう大丈夫!」
・・・と思ったのかなぁ
もし
・・・そ〜だったとしたら
私はものすご〜助けられたし
お礼が言いたかったな・・・
もう1回でええけぇ
会わせてください!
以上
鳩と私の
不思議な不思議なお話でした。



















































































