NPO犬猫みなしご救援隊・代表ブログ・みなしご庵へようこそ

犬猫みなしご救援隊の日々の活動を通じて 一緒に動物愛護を考えてみませんか・・・

2019年09月

移動中

9月30日PM7:30
東日本10月の旅に出発しました。

10月2日の
埼玉・北本TNR一斉が

今回の旅の最初の活動です。



DSC_2744-800x600


本当は
熊谷市でやるつもりだったんだけど

北本市が《TNR一斉を認めて》
会場を貸してくれたので

一瞬で北本市にくら替え(笑)

《とりあえず不妊手術》
・・・をするTNR活動は

無謀なようで実は
《良い結果が早く出ます》からね

野良猫にとって利益が大きく

それを《行政が認める》ってのは

TNRを頑張っている個人ボラさんたちの
励みになりますしね♪



DSC_2745-800x600


それにしても
UPAは大きくなった・・・

私が保護したときは
体長わずか30cmでしたからね

そんなことを言うたら

私だって
生まれた日は2720gでしたからね

それが今じゃほら
・・・コレですけぇ(笑)




DSC_2746-800x600


UPAは
大きくなっても甘えん坊は変わらず

私の腕を舐めてます。

私は《鹿アレルギー》なのに
困った鹿です(笑)

ではまた明日♪



広島本部・9月29日

 私の予定は
常にみっちり入っているので

急な問題が起きるとその分
のちのち早回しで進まなきゃならず

・・・なのに

そんなときに限って
また急な問題が起きる・・・

私・・・思うんですけど

私の人生ほど
《充実したやりがいのある人生はない》

・・・な♪♪

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


・・・なので早回しで書きます。

まずは
7月の終わりに引き取った

飼い主からお世話してもらえなかった犬
《たたくん》ですが

うちに来た日から今日まで毎朝
皮下補液をしているので

腎臓は
おおむねよくなって

毛づやもよくなったのですが

消化吸収のいいものを食べても
ぜんぜん太らないし

イマイチ元気もないし

なかなか貧血も治らないので
再び検査をしたところ

肝臓にうっ血があって
胆のうが腫れているんだそう

・・・ということで

私が予想していた
腫瘍とかではなかったけれど

それにしても・・・う~~~ん・・・

まぁ・・・
悩んでもしょ~がないし!

ヨシ!気持ちを切り替えて
新たな治療にとりかかろうぜ!

・・・って言う感じです。




DSC_2712



たたくんは

毎朝6時すぎにお外に出て
お気に入りのここで補液をして

そのまま朝ごはんを食べて
日なかはそのままここにいて

夕方ここで夕食を食べてから
夜7時におうちに帰ります。


DSC_2577



この2か月間
毎朝補液ですからね

毎朝
首の後ろに針を刺されるわけです。


DSC_2578



それでも
逃げるわけではなく

むしろ
喜んでそばに寄って来ています。


DSC_2667



それは

補液の間ずっとヨシヨシして
話しかけてもらえるから

たたは
前の飼い主から

かわいがってもらっていなかったから

誰より
ヨシヨシが大好きで

誰より
話を真面目に聞いてくれます。



DSC_2691



たたの病気が治りますように・・・


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


たたのお世話が終わって
本館1Fの犬舎に行ってみると


DSC_2670




朝ごはんを食べた子たちが
もう寝ていました!


1


・・・なので
しばらくソッとすることに・・・


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



運動の時間になったので
行ってみると


DSC_2671

DSC_2672


もう・・・うるさい(笑)

みんな元気そうでなによりじゃ♪


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



カラスの朝ごはんに密着すると



DSC_2686



両足がない
リョウちゃんです。

これから
センシブルをふやかしたものを

食べさせてもらうところでした。





DSC_2688



保護したときより

筋肉が落ちた分
小さくなっていると思いますが

まだまだ食欲もあり元気です!




DSC_2687


早朝から
朝のお世話までの間に

りょうちゃんが食べたみかんです。

クチバシで
コツコツ頑張った跡があるでしょ


DSC_2696




こちらは
カー子ちゃんの食べたあと

中身だけ上手に食べてます(笑)



DSC_2715



カー子は
うちにもう何年もいるから

完全な成鳥ですけど
気持ちはピュア

甘えん坊の子ガラスのままです♪



DSC_2716



右足が特に不自由で
よく頑張って立っていると思いますよ



DSC_2713



おう・・・
カー子ちゃん・・・カッケ~~♪



DSC_2714


広島本部では
唯一の《ハシボソガラス》です。

のちほど動画で一瞬ですけど
カー子の《中谷のモノマネ》を見てください。

私をよく知る人は
何度も聞いたことがあると思いますが

《ガチガチの昭和のオバチャン》の私は
驚くと必ず

『ぅわ~~おッ!』と言います。

・・・で
カー子も「WOW」と言います。

・・・けど

なぜかカー子は
《お辞儀》をしながら言うんですよね


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ニホンザルたちの朝のおやつ


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ニホンザルは
どんなに去勢&避妊手術を施していても

やはり
オスが強いので

ごはんは必ずケージの中で
1匹ずつゆつくりと食べさせます。

・・・けれど
おやつ類は1切れのことなので

遊び場でも与えています。



DSC_2700


今日のおやつは
アケビ

アケビを割るときは
両手両足4本を器用に使います。



DSC_2705


一番強い長男のあきらです。


DSC_2703


長女のよしこです。


DSC_2704


次女のひさこです。

ニホンザルの世界も厳しくて
あきらとよしこは完璧に仲良しですけど

あきらとひさこは微妙で

あきらがひさこをイジメて
よしこが助けるパターンが多いです。

この3匹の中に
新しくニホンザルが加わったら

ど~なるんじゃろ~か・・・

見ている限りじゃ・・・無理っぽい・・・
《別の群れ扱い》する気がする・・・


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



今ちょうど

広島猫多頭飼養現場の猫たちを
随時引き取っています。


DSC_2719


引き取ったら
すぐに手術をするのが《みなしご流》


DSC_2718



未手術の子は
まずは付属の診療所に入って

診療所で

手術をしてワクチンを打って
ノミ・マダニ駆除剤をつけて

それから医療房に移動して

ごはんの食べる量やお水を飲む量
オシッコやウン〇などをチェックします。

そこでO・Kになったら
いよいよ大家族の居る部屋に移動します。



DSC_2706



そして
再びケージに入って社会性を見ます。



DSC_2707




猫も犬も人間だって

誰とでも
仲良くできる子ばかりじゃないから

そこは慎重に見ます。

体が不自由で
ケージから出たがらない子もいます。

そ~ゆ~子の場合は
無理にはケージから出しません。

十匹十色

みんながみんな
自由がいいとは限らんので

ケージが好きな子はケージでええじゃん
それこそが自由ですもんね♪



DSC_2679



お地蔵ちゃんです。

赤ちゃんのときにセンターから
4匹きょうだいで来て

他の子も全員
手足と鼻の穴に障がいがあり

お地蔵ちゃん1匹しか生きませんでした。



DSC_2681



何度か
ケージから出したこともあるけど

パニックになって
ケージに戻ってしまうので

これもアリでしょう・・・とケージ生活です。

お地蔵ちゃんには
前足に重い障がいがありますが

・・・けど

爪とぎを入れたらとぐんですよ
じょうずにね・・・

その動画も後で見てください。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


私は少しでも時間があると
パソコンに向かい

このブログを書きます。

パソコンができる人からしたら
簡単げなことですが

苦手な私にとっては
写真1枚入れるのにも苦労で・・・

それに文章を打つ・・・
できるだけ《啓発になるように》と・・・

しかも
私は《言葉遣いが悪い》・・・

しかも
落ち着きがない私は変換ミスだらけ・・・

何度も読み返していたら
疲れてきて・・・ど~でもよくなってきて

『これぐらいでええじゃろ』
・・・と9割あきらめてUPする

こんな感じです。



DSC_2695



相変わらずな私の机・・・

これでええんです!
机がグチャグチャでも死にゃ~せんけぇ!

私の机の隣りには犬たち



DSC_2694


この部屋さえキレイなら
それでヨシ!

・・・と言い訳して12年

ダメじゃね私は・・・一生・・・治らん・・・


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



毎月28日は《お不動さんの縁日》
うちでは28日は《動物たちの供養の日》

毎月28日は
阿闍梨がお勤めをしてくださいます。

私はなるべく参加して
健空阿闍梨と一緒に読経します。




DSC_2709



健空は阿闍梨ですから

仏教の世界では
私なんかの何千万倍も上の位ですけど

この俗社会じゃ私の方が
《ずいぶんと》先輩なので(えへっ)

健空阿闍梨とは

腹を割って話しができるし
バカなことも言い合えるし

この関係性には本当に感謝しています。

思い起こせば・・・

動物たちの供養をしてもらいたいが
『坊主は信用できん』・・・とか

『坊主に頼むぐらいなら
仏教を学んで自分で供養をする』・・・とか

かなり非常識なことを言っていたくせに
中途半端に勉強をやめてしまい

先立ったうちの子もろとも路頭に迷うところを
ちょうどナイスなタイミングで

健空阿闍梨が高野山を下りて
広島に戻ってくれ

『私は動物保護に専念したいけぇ
うちのお堂一式を頼むわ!』

・・・と丸投げ

もちろん健空阿闍梨が
完璧に供養をしてくださっているから

そこは安心ですけどね

ええのかな私は・・・こんなことで・・・

死んだらうちの子たちが待っとる
お浄土に行きたいのに

こんな考えで行けるんかな・・・

とりあえず私は
お浄土に行くつもりです♪あはっ♪


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


カー子ちゃん動画





子猫ルームの動画






お地蔵ちゃんの爪とぎ動画


TOHOKU360

宮城県の
TOHOKU360に掲載されました。


http://tohoku360.com/pets-disaster/


大型ポニーのマリー

私と田原君は

一昨日(9月23日)
最終の新幹線で栃木拠点に行き

翌朝の昨日(9月24日)
やるべきことをやり遂げて

夜9時
広島本部に戻って来ました。

まずは

うちの大型ポニーのマリーのことを
知ってください。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



マリーは
福島第一原発のすぐそばにある

大熊町の梨園で暮らしていました。

私とマリーの出会いは
2011年4月の初め

大熊町の翔陽高校あたりにいた放浪犬を
追いかけていたときです。

当時
福島原発20km圏内には

相馬野馬追で使うサラブレットや
それに寄り添うポニーなど

普通の町にはいないぐらいの馬が
住民たちが避難した町に残されていたので

馬がいる光景が
そんなに珍しくもなかったし

当時の私は

放浪犬を保護することで手一杯の状態で
馬を連れ出す術も知恵もなかったので

そこで生きられるなら・・・と思いながら
生活条件が合えばそのままにしていました。

※※その後
相馬野馬追の馬たちは連れ出された。

マリーの場合は
マリーがいた梨園を見渡したところ

飲み水の確保が難しそうだったので

飲み水とチモシーを持って
通うようになったのです。

その後

《時の政府》は福島原発20km圏内を
警戒区域に指定し

なんびとたりとも
《そこに入れない》ようにしました。

・・・が

この世には
ありがたい《ご縁》というものがあって

そのご縁によって私たちは
正規の入所許可証を持つことができ

私たちは1年9ヶ月もの間
コツコツと保護を続けられたわけです。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



その当時のマリーについての記録と
その時の《私の気持ち》です。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


2011年当時

犬猫など愛玩動物の小動物系は

私たちでも20km圏内から
圏外に連れ出すことができましたが

馬・牛・豚などの
産業動物である家畜類
大動物系は一切連れ出ませんでした。

お金を産まない産業動物は要らん
《家畜は全頭処分》

これが時の政府
民主党の打ち出した《国の決定事》でした。

日本国は
大動物のためには何もしません。

当然マリーにも・・・


00000000000



父の名は[田村]
母の名は[やままり]

マリーは
福島県内の生産牧場で生まれ

まだ乳のみ子だった生後9ヶ月の時

家庭用の愛玩動物として
この梨園へやって来ました。

※マリーが若い(笑)


00000000000


それから十数年
マリーは

この広い広い梨園で働く
ひょうきんなお父さんと

しっかり者のお母さんのそばで
何不自由なく暮らしていました。

2011年3月11日の
あの地震が起きて津波が来て

福島第一原子力発電所が
爆発するまでは・・・

※田原君も若い(笑)



000000000A


馬という生き物
ただそれだけの理由でマリーは

人が住めなくなった町から
出られなくなり

削蹄されていなかったヒヅメは
さらに伸び放題となり

私が初めて見たときから
マリーはうまく歩かれない状態でした。



0000



ここまで蹄が伸びると
代わりに底の部分ばかりが削られていき

蹄の下から骨が出てきます。

マリーはそういう状態で
痛くてうまく歩けなくなっていました。

なのに
日本国は助けようともせん!

そればかりか

マリーを被ばく馬の実験動物として
売り飛ばそうとしていた議員まで出る始末




00000000A



私は・・・

こままだと
確実に殺されてしまうマリーに

とってもよい方法を教えました。

『マリー!!

空を飛んで
ウチの栃木拠点までおいで

ウチには
いろ~んな仲間がいっぱいおるし

きっと楽しいと思うよ♪』



00



私の呪文に騙されたのか
マリーは

2011年12月

空を飛んで
栃木拠点へ来ちゃいました♪

その後
その議員の手下から

「馬が空を飛ぶか!」・・・と
ひどく怒られましたが

そんなこと言われても

《私は》
マリーが空を飛んだと信じとるので



0000000000A



すぐに佐藤装蹄師さんに
ヒヅメの手入をしてもらい

栃木県県北家畜保健衛生所に
届け出を出しました。

佐藤さんも若い(笑)



00000000000


初めて削蹄してもらったときの
マリーの足です。

今この写真を見ると

最初から右前足は
曲がっていたんですねぇ・・・

このとき
ヒヅメをきってもらったお蔭で

足の痛みがずいぶん取れたマリーは
機敏に動けるようになり

蹴るようになりました。

咬みくせは前からあったようで

咬まれない方法を
飼い主のお父さんから教わりました。

「中谷さん
マリーが咬んだらこう言いいな

コラッ!マリー!
もっと優しく咬め!」





000



落ち着いたころ
美濃輪先生にレントゲンを撮ってもらい

今後の
治療方針を決めました。

このころは
元気になったマリーから

毎日のように誰かが
噛まれて蹴られて楽しかったですねぇ♪



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



2011年12月14日

栃木県県北家畜保健衛生所の
職員さんがやって来ました。

そこで

マリーの所在確認と

馬伝染性貧血ウィルスの検査について
教えてもらいました。

今現在は

この《馬伝染性貧血ウィルス》は
なくなったということで

検査そのものもなくなりましたが

当時は
この伝貧検査は義務化されており

この伝貧検査をして初めて
畜主として認められていたのです。

犬の狂犬病予防接種と
それにともなう畜犬登録みたいなものです。





00




この後ほどなく

マリーの伝貧の検査日が決まりました。
2012年1月25日です。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



ここまでは滞りなく
すべてうまいこと進んでいったのですが

この時期あたりから

マリーを実験動物として
大学と企業に売るつもりだった

2011年時の与党である
民主党の衆議院議員から圧力がかかり

私はグイグイと
追い込まれていくのです・・・

・・・と

こんな風に私は
自分のことを被害者的に言ってますけど

この議員がマリーを売り飛ばす
ギリ2日前に

マリーが空を飛んで
うちに来たってことは

マリーを保護した私の方が
議員に対して宣戦布告をしたわけで

そこから来る圧力は
想定内ってことなんですがね♪



00000



マリーの伝貧検査を
一週間後にひかえたとき

栃木県県北家畜保健衛生所から

「1月25日は検査ができないし
新たな検査日の予定も立たない」

・・・と電話がありました。

私は『来た!』・・・と思いました。



000000000



・・・というのも

とある学識経験者から

「原発問題は
利権がからんでいるから

議員とモメたとなると・・・
行く手はかなり険しいと思う

くじけないで戦ってくださいね」
・・・と言われていたのです。

当時の私は青すぎて

世の中のしくみが
よくわかっていなかったので

『なんだそれ?』
・・・って流していましたが




0000000000



年が明けた2012年1月

栃木県県北家畜保健衛生所より
ひとつ上の機関の

栃木県農政部畜産振興課から
電話がありました。

「農林水産省から質問が来ているので
それにお答えください」

マリーの検査もしてくれんのに
偉そうになんじゃ~言うんや!

モノの言い方というかなんというか
最初から『カチン!』ときていた私は

『聞きたいことがあるんなら
農水省の人が直接電話すべきです』

私は栃木県農政部畜産振興課には
何も答えず電話を切りました。

世の中は

聞きたい人が
聞きたい人に

聞きたいことを
聞くべき

中間に誰かが入ると
話がズレる可能性があるしね




00000000




再び

栃木県農政部畜産振興課の人から
電話がありました。

今度は

「マリーちゃんの伝貧検査の日程や
他にも《諸々》お尋ねしたいこともあるので

そちらに
お伺いしてもよろしいでしょうか」

・・・とのこと

おそらく栃木県の農政部としては
電話ではラチが開かんので

直接訪問する方向へ
シフトチェンジしたのでしょうね♪




0000




栃木県農政部畜産振興課の人が
栃木拠点に来ました。

この写真を見ると

当時からフィールド内を
自由にしている犬がいたんだな・・・と

私は犬をつないで飼うことが
とにかく嫌いなんでね

あぁ・・・そうそう・・・

質問されたことは

「マリーはどこから来たか?」

「飼い主は知っているのか?」

「誰が連れ出したのか?」

「いつ連れ出したのか?」

「どうやって連れ出したのか?」

これはマリーを保護してから
いろんな関係機関から

何度も何度も
何度も何度も聞かれた内容でした。

それにしても

栃木県農政部畜産振興課なら
他に聞くことあるでしょうに・・・

例えば
マリーの年齢とか病歴とか

震災前は

ワクチンは打っていたのかとか
家畜伝染病の検査をしていたかとか

そんなことはまったく聞かず・・・・(笑)

あまりに質問内容がお粗末で
《哀れに思った》ので逆に質問しました。





00000000000



『マリーの伝貧検査が1月25日に
できなかった理由は何?

今後の検査日程が組めない理由は何?』

ここで
仰天の答えが返って来ました。

「検査については

栃木県県北家畜保健衛生所に聞かねべば
わかりませんねぇ」

えぇえぇぇぇぇ・・・

栃木県県北家畜保健衛生所の

【上の機関】である
栃木県農政部畜産振興課が

知らないの???

じゃあ
栃木県県北家畜保健衛生所が

《勝手に》検査日を引き延ばし
《勝手に》検査日を未定にしてるの?

『トカゲのシッポを切った!』
私はそう思いました。

お役人ってスゴいですねぇ~

なんでも下の者のせいにして
自分は生き残るつもりなんですねぇ~

私が生きてきた世界では
責任は上の者がとるもので

《下の者を売る》《下の者を切る》とか
絶対にありえんことです。




0000000



馬伝染性貧血ウィルスの検査は
農林水産省の管轄だそうです。

マリーは
伝貧検査もしてもらえず

マリーは
所在すら認めてもらえない・・・

そうか・・・やっぱり私の敵は
農林水産省だったのか



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



宮崎県で口蹄疫が流行した時
近くの保育園で飼育されていた羊が

「羊にもヒヅメがあるから」

ただ・・・それだけの理由で
殺処分されました。

口蹄疫に感染しているか否かの
検査も受けさせてもらえないまま


羊は意味なく殺されました。

それと同じです・・・




000000



私は

マリーをどこへも渡さないし
マリーを殺させない

マリーは
何ひとつ悪いことをしていないしね




000



農水省から「行ってこい」
・・・と言われてやって来て

私と記念写真まで撮られた
栃木県の偉い人たち
(写真掲載は本人から了承済み)

この写真を見てもわかるように
何気に私はチビです。

こんなチビな女を相手に
さぞご立派なダイの男が

何をそこまで
目くじら立てる必要があるんでしょうねぇ・・・

マリーを渡さないことで
この後さらに圧力がかかり

いろんな関係省庁の偉い人たちが
私を問い詰めに来ましたが

頭の悪い私は
そんなことはどこ吹く風

私もマリーも栃木拠点で
楽しい日々を過ごしていきました。




00000000


0000000

000000a


0000000000

000000000a




そして2ヶ月後
なにがど~なって話が前に進んだのか

マリーは伝貧検査を受けることができ
私はマリーの畜主となりました。

私が畜主となった以上は
私がハンコを捺さない限り

何があっても
マリーは処分されないのです♪



00000000

000000a



法律通りの
当たり前の伝貧検査でしたが

手間取った分

私にとっては
とっても嬉しいことでしたよ♪


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


マリーは約1年
栃木拠点で暮らしましたが

2012年12月8日

当時残っていた320匹の犬猫とともに
マリーも

広島本部へお引越しすることになりました。



IMG_1072



大動物の乾草と敷き藁

広島市内には売ってないので
一ヶ月分ほど買い占めて



IMG_1069

IMG_1071


IMG_1077


冷凍コンテナ3機&スーパーハウス3戸も
同時に持って帰りました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。



栃木拠点から広島本部まで1100km
出発は夜7時前後

休憩場所は蓮田SA(軽自給油)
駿河湾沼津SA
美合PA(いぬ親さんへ引渡し)
三木SA(給油)
小谷SA(時間調整)



IMG_1095



馬運車での移動
12月は寒いです・・・

風邪をひかんために
マリーに馬着を新調しました。



IMG_1098


もちろん
ヤギたちにも新調しましたよ



IMG_1103

IMG_1104


佐良直美先生のお骨折りのお蔭で
馬運車が定刻に到着


IMG_1105


栃木拠点
最後の集合写真

こんなに多くの人たちが
引っ越しを手伝ってくれたんですねぇ・・・

そりゃ~そ~ですよね
320もの命を運ぶわけだから

それにしても
ありがたいことですねぇ・・・




IMG_1138



広島に引っ越してからは
少しの間《仮の》馬房で暮らしました。



DSC_2970



こんな暴れ馬のマリーでしたが

栃木拠点にいたころと変わらず
佐藤装蹄師さんに広島まで来てもらって

削蹄してもらい

とっても親切に
よく見てもらっていましたが

マリーを保護して8年の月日が流れ

マリーも年も取り
足の状態は悪くなる一方で

広島の夏は暑いし

『今年の夏は越せんかも』
・・・と思うようになりました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


今年の4月
佐藤装蹄師さんに相談しながら

『最後のチャンス』として

私はマリー&山羊たちを
栃木拠点へ戻す計画を立てました。



DSC_7116


マリー最後の《広島でのおやつ》は


DSC_7125



熊本の安達さんから送られて来た
初物のスイカでした。



DSC_7021

DSC_7052



夏も涼しい
栃木拠点の雑木林を整備して

マリーを迎える準備を整えました。


DSC_0268



マリー
再び栃木拠点に戻ってきた夜

到着後すぐにチモシーを食べたり
すこぶるご機嫌だったので

移送が大成功したことを
私は心から喜びました。


DSC_0464




栃木拠点では

美濃輪先生と
今後の治療方針を決めました。

私の気持ちは決まっていました。

『マリーが毎日
幸せならそれでええです』

マリーがうちに来た2011年からずっと

私は
マリーを幸せにしたい一心で

それは
ゆるぎないですから


DSC_0914

DSC_0917

DSC_1190

DSC_1548

DSC_1555




マリーの右前足は
大きく曲がってきていて

このまま立てなくなったら
馬は皮膚が弱くて

簡単に褥瘡ができて
簡単に爆発してしまうから

体を支えるハーネス系も使えないし・・・

馬にとって
《寝たきりは地獄》なのです。




DSC_0911



足が悪くなるのと並行して
マリーはどんどん痩せて来ました。

不安な私は
長野の佐久の原口さんに相談しました。

原口さんが「いいと思うよ」
・・・とおっしゃることはなんでもやりました。

そのために

近所の蓮実牧場のお姉ちゃんにも
いろいろとお世話になりました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


9月23日の朝
栃木拠点の菊地から電話がありました。

「マリーちゃんの呼吸がおかしいです」

即座に私は判断しました。
『何もしないで静かにさせて・・・』

「栃木は雨が降ってます。
マリーのところも少し雨がかかっています」

『それでもまだマリーを移動させないで』

横たわるマリーが濡れないように
菊地は傘を立てました。

最期の最期に

私たちがマリーに
《してあげられること》はそ~ゆ~ことです。

医療針を何本も刺して
管につなげて生かし続けるのではなく

雨に濡れないように傘をさしだすこと・・・


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


その後
公休日で自宅にいた瀬尾が駆けつけ

意識が遠のき始めたマリーを
みんなで移動させました。

私は栃木拠点に行くために
いろいろと準備に入りました。

そのとき田原君は

前夜の台風で
一部弱っていた屋根を直していました。

『それが終わったら予定を変えて
栃木拠点に行けるようにして!』

マリーを診てくださっていた
美濃輪獣医に電話をしました。

『マリーの呼吸が乱れました。

・・・ですが私は
もう・・・静かにさせる決断をしました。

長いことマリーを診てくださって
本当にありがとうございました』

装蹄師の佐藤さんに電話をしました。

『マリーの呼吸が乱れました。

ですが私は
もう・・・静かにさせる決断をしました。

長いことマリーの爪を削ってくださって
本当にありがとうございました』

そして

マリーの元の畜主の藤森さんに
電話をしました。

『マリーの呼吸が乱れました。

ですが私は
もう・・・静かにさせる決断をしました。

こんなことになり
チカラ及ばず申し訳ありません』

5年ぶりですかね・・・

藤森さんと奥さんと長い時間
話をしました。

「あのとき
中谷さんがマリーを助けてくれなかったら

マリーは
とっくに死んでいるんだよ

あのときは大熊町も福島県も
どんなに頼んだって

誰もマリーを
連れ出してくれなかったんだから」



DSC_2632


9月23日

最終の新幹線で
栃木拠点に到着した夜中の12時すぎ

空の低いところに
大きな大きな三日月が出ていました。

私は三日月に言いました。

『私はマリーの最期には
立ち会えなかったけれど

私とマリーの関係は
そんなもんじゃないので

これでヨシじゃ!』



DSC_2658



翌朝
私はマリーに会いに行きました。



DSC_2646



私の想像よりもはるかに
マリーの体は小さくなっていました。


DSC_2656



今年の春に
この雑木林を整備しながら

『ここがいいな』と思っていたところに

田原君が
マリーを埋葬するための穴を掘っていました。

同じところを選んだんじゃ(笑)

私たち・・・
また気が合ったんか??(笑)




DSC_2655



この木の幹にある傷は

2011年に建てたマリー小屋の屋根が
当たっていたところです。

マリー小屋を壊すまでの3年の間に
木が成長して

マリー小屋の屋根を飲み込んだ傷です。

思い出は
そこらじゅうにあります。




DSC_2653



私はマリーのタテガミを

マリーゆかりの人たちに渡そう!
・・・と思い

タテガミを全部バッサリと切りました。



DSC_2654




タテガミを全部切ったつもりだったけど
洗ってとかして干したら

あれ・・・これだけ?
そんなハズがないじゃん

キツネにつままれたような話ですが

もしかしたら
タテガミを全部切ろうとしていた欲深い私を

「無欲でいけ!」
・・・とマリーが止めたのかなぁ

切ったハズのタテガミが・・・
なんで・・・これだけしかないのか

いまだに・・・私はわからん・・・




1569316501271



菊地が撮っていた前日のマリー

最期まで食べれて・・・

最期まで
自分の足で立ててよかった・・・

これこそがまさに
私が望んでいたマリーの最期です。

中谷マリー
2019年9月23日10時40分・永眠

長いこと
マリーを応援していただき

本当にありがとうございました。
合掌


福岡猫多頭飼養崩壊

今回の台風17号により
被災された方々に

心よりお見舞い申し上げます。

広島本部あたりも
台風17号による強風で

夜中の1時2時は
けっこう怖い音がしていましたが

3時にはそれも静まり
朝は普通に秋の空になっていました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


福岡猫多頭飼養現場

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


福岡県で
《TNRを主として活動していた人》から

「自分の家が多頭崩壊になっている」

・・・との
相談を受けたのは7月のことです。

有志3名ほどが集まって
小さな団体を立ち上げ

TNRを主として活動していたそうですが

捕獲した子に身体的な問題があったり
捕獲した場所に問題が出たり・・・で

TNRの
R(元の場所に戻すこと)ができず

有志3名の中で
家庭環境や家屋の広さなどの条件が

一番よかった相談者が

《Rできない多くの猫を抱えることになり》
《頑張ってはいたが》
《いつの間にか団体は分裂し消滅した》

・・・という
愛護団体あるある・・・な話でした。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



私も団体を立ち上げるずっと前から
犬猫多頭飼養者で

団体を立ち上げた
30代半ばあたりにはすでに

行き場を失った犬猫150匹を
保護育成していましたから

道端で困っている猫を見ると
連れて帰りたい気持ちになってしまうのも

痛いほどわかりますし

たまたま
うまくいっただけで

私も1歩間違えれば

多頭飼養崩壊者になる可能性は
あったわけだし

その人の話を聞きながら

なんだか・・・
他人事ではないように思いました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



《本人が素直に話してくれたこと》

《家族とも直接会うことができたこと》

《引き取りは全面的に
うちの都合に合わせてくれること》

・・・など

努力がいろいろ見られたので
話はスムーズに進んでいき

手術済み52匹と
未手術62匹の猫のうち

うちが104匹を引き取り
手術済みの高齢猫10匹を残すことで合意

7月から2ヶ月かけて
少しずつ広島本部まで運んでもらい

ようやく昨日で
福岡猫多頭飼養現場の猫104匹の

引き取りから
不妊手術等の初期医療までの

すべてが終わりました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


今回の多頭飼養者は
《TNRを主として活動していた人》なので

猫たちは
《自宅内で近親で増えた子》ではなく

あちこちから集めた子たちだから

一部血縁の
親子だったり兄弟だったりがいるにしても

ほぼほぼ顔や毛色がバラバラだし
その点は私には救いです。

体が弱く線の細い近親の子を見るのは

いい加減
心苦しいですからね・・・



line_2013946172094

line_2016096807197

line_2017501238447

line_2019050326155

line_2022856968497

line_2024290565580

line_2027549934745

line_2031026280994

line_2033073349483

line_2035874079169

line_2227594556388

line_2220077162224

line_2217704115975

line_2211896172331

line_2038802126460

line_2209424883738

line_2205507780771

line_2040771854063




104匹すべての猫の写真を載せることは
時間の関係上できませんが

こんな具合で
みんな術後の経過も問題なく

7月から随時
自由の身になっている感じです。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


《TNRを主として活動していた人》が

何らかの事情で
活動ができなくなるのは

私にとっても大きな打撃ですし

ましてや
R元の場所に戻せないことで

多頭飼養崩壊につながるってのは
とっても寂しいことです。

私も・・・

『明日は我が身と肝に銘じながら
精進していかねばならん』

・・・と強く思いました。

そのためにはやはり

保護したらすぐに
不妊手術等の医療を施し

猫たちが望む

清潔で住み心地のいい
生活環境を整え続ける努力をするしかない!

・・・ですね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


台風が来る前に

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


天気予報のお蔭で
早くから準備ができるので

昨日は
広島本部TNR一斉が終わるなり

台風に備えていきました。



DSC_2569


台風予報が入ると

ベランダにいるカラスたちは
室内に移動させます。


DSC_2575


カ~コちゃん


DSC_2571



カ~くん


DSC_2572


ショ~ちゃん


DSC_2573


トモちゃん


DSC_2621


そして

両足のないリョウちゃん



DSC_2622



簡単に抱っこできる子たちは

ひと晩のことだし
狭いケージで辛抱してもらい


DSC_2623



3段ケージで上へ下へ逃げまくって
捕まらないトモちゃんは

まんま室内で
台風が過ぎ去るのを待ってもらいます。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



台風が来るので
早めに水カメを洗いました。

アフラックたちは雨が降っていたら
そんなに水カメには入らないので

いつ洗ったって構わないのです。



DSC_2609




朝早くに私が発見したミミズを
うちの者に頼んで

水に浮かせた餌の中に
入れてもらったのですが

まったく見向きもせず
自分で掘り出して食べています。



DSC_2610



ぜんぜん馴れてくれないし
まったくコミュニケーションは取れないけど

合鴨には魅力がいっぱいあって
そりゃ~かわいいですよ♪

あとで動画を出すので見てください。

私なんて完全に
イヤがられています(笑)



DSC_2618



台風が来るとなると
いろいろやることがあるので

いろんなことが早送りされ

猫たちの夜のごはんも
いつもより1時間ちょい早く配ったら

たった1時間ちょいなのに
猫たちは「まだまだ!」な気分みたいで



DSC_2619


普段は大人気の
いりこスープのふやかしごはんも

ほろんど興味もなく


DSC_2620




大喜びのハズの茹でた鶏肉も
この通りあまっていて

この部屋には猫がいないのか?
・・・と思うほど(笑)

ごはん時間でないときの
猫たちの反応を見ると

動物たちの体内時計ってスゴイなぁ
・・・と思います。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


今日の動画

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



私は人生において
ミミズが一番嫌いで苦手ですが

雨の朝は
アフラックたちのために

道を歩いてミミズを探して
見つけたら叫んで

誰かうちの者に捕まえてもらっています。

そんな努力を知ろうともせず
ひたすら私から逃げるアフラックたち(笑)






お知らせ
東日本大震災記録本
【鼓動】
絶賛発売中
『NPO法人 犬猫みなしご救援隊公式チャンネル』のチャンネル登録よろしくお願いします。
住所
コールセンター
080-3522-3745


広島本部

〒731-0234
広島県広島市安佐北区
可部町今井田690-1

FAX:082-815-2711

栃木拠点

〒325-0014
栃木県那須塩原市野間
308-1

FAX:0287-74-5038



中谷PCアドレス
nakatani@minashigo.jp
社会貢献支援財団


平成24年度
「東日本大震災における
貢献者表彰」で
NPO法人
犬猫みなしご救援隊が
受賞しました。
振込口座
支援金は

<銀行口座への
お振込をご希望の方>

■東京三菱UFJ銀行 
広島支店
普通預金 0348748
特定非営利活動法人 
犬猫みなしご救援隊 
理事長 中谷 百里

■広島銀行 安(やす)支店
 普通預金 3102619
NPO法人 
犬猫みなしご救援隊

■ジャパンネット銀行
 本店営業部(001)
普通預金 3989953
特定非営利活動法人 
犬猫みなしご救援隊

<郵便振替口座への
お振込をご希望の方>

■口座番号: 
01320-2-47269
■口座名義: 
特定非営利活動法人 
犬猫みなしご救援隊

まで
宜しくお願いいたします。

記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ